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読書記録2022 『塞王の楯』 今村翔吾

「最強の矛と最強の楯、どちらが強いのか」
 韓非子の時代から続く命題である。
 一方が真ならばもう一方は偽となり、両方が同時に存在することはあり得ない。
 その「あり得なさ」が実戦の場ではどうなるのか。最強の矛を自負する鉄砲鍛治集団の国友衆と最強の楯を誇る石積みのプロフェッショナル穴太衆の対決が物語の中心軸となる。
 単純な武力対決ではなく、そこに関わる人々の心情を活写するのが著者の今村氏は本当に上手くて、今回もそこそこの分厚さがあるにもかかわらず、一気に読んでしまった。

 穴太衆といえば強固な「野面積み」で知られているのだが、野面積みが本当に最強なのかどうかはわからない。
 熊本城のようなそそり立つ石垣は野面積みでは作れないだろうし、作事に手間と時間をかけられない中では野面積み以外に方法がないのも確かだったであろうし、戦国時代には石垣自体が重要な「武器」であったことは確か。
 その一方で「攻撃は最大の防御」という言い方が現代でも廃れていないように、攻撃にもある側面の正しさが存在する。だから「矛盾」が生じるわけだが、現実に互角の力を有する矛と楯があったとしたら、勝敗は矛と楯以外のところで決する。
 「引き分けは守る側の勝ち」というような曖昧さを取り除き、徹底的に白黒をはっきりとつけるならば、最強の矛側が持つ守りの力と、最強の楯の側の持つ攻撃力のどちらが上回るか。そこでしか決着がつかない。

 本作では物語と史実をうまく絡めて、勝敗の基準や決着に上手な落とし所を与えているが、これはあくまで小説なので、現実の戦国の世の戦いがこうであったというわけではない。
 だからこそ創作の意義があるわけで、史実としての大津城攻防にうまく矛と盾の争いを持ち込んだなあ、ここまで重層的な物語を構成しないと直木賞は獲れないのだろうなあと感心するばかりなのだった。

 本作に限らず、今村氏の描く人物はどれも小気味よく、胸のすく人間が多い。本作でも大津城主出会った京極高次や、浅井三姉妹の次女で、高次の妻の初の描かれ方は実に魅力的で、誰かこれを原作にして映画化しないかなあと予定のない期待をしてしまったのだった。

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 前から買ってあって、ようやく順番が回ってきて読むことができたのだけれど、自分で自分を焦らした結果、自分でも驚くほど異様なスピードで読んでしまって、まるで腹を空かせた野良猫が餌にありついた時のようだと笑ってしまったのでした。
 それにしても面白かったなあ。

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