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断片小説集 2

その古い喫茶店には年季の入ったレコードプレーヤーとモノラルの大きなスピーカーがあった。人通りもまばらなビルの裏にひっそりと佇む喫茶店は、それでも絶えず一人二人の客がいた。
店の中にはいつもジャズが流れていた。リクエストもできる。
ソニー・クラークの“Cool Struttin'”をリクエストしたときのことだ。店主はレコード棚ではなく、CDラックに手を伸ばした。
「レコードはないんですか?」と聞くと「うちのプレーヤーはジャッキー・マクリーンしかかけられないんです」と申し訳なさそうに言った。
「マイルスをかけようとするとアームが戻ってしまうんです。コルトレーンのレコードを乗せると針が折れます。セロニアス・モンクを試しましたが、回転数がおかしくなって、止まらなくなりました。ビル・エヴァンスは最初の5秒はちゃんと動くんですが、ゆっくり止まってしまいます」
カウント・ベイシーやデューク・エリントンのビッグバンドを試した時にはヒューズが飛んでしまったそうだ。
他のミュージシャンはサッチモであれ、チャーリー・パーカーであれ、誰のレコードを乗せても、うんともすんとも言わないのだという。

(「ジャッキー・マクリーン専用」)

*          *          *

「今日は夕方から槍が降るところがあるかもしれません。お出かけの際は新しい傘をお持ちになるようにしてください」
そうか、もうそんな季節か、と私は思った。
この地域では毎年これくらいの季節になると、ときおり槍が雨のように降る日がある。
この町に引っ越してきて、役所へ届けを出しにいったとき、窓口の女の人に教えてもらった。
「この町に住むのは初めてですが? 初めてなら町で売ってる頑丈な傘を1本買っておくと良いですよ」
その時に私は槍が降ることを初めて知った。
その日は予報の通りに爪楊枝ほど長さの短くて細い槍が降った。

(「本日の天気予報」)

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「とうとう言葉を物質化する方法を見つけた」と博士は声をあげて喜んだ。
私が助手になってから10年。ようやく研究の成果が実った。でも使い道は検討もつかない。でも、これでようやく「会話のキャッチボール」が本当にできるようになるんだと、私はそれだけで嬉しかった。

(「100マイルの直球」)

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そのレコードジャケットはミルクチョコレート色の上にダークチョコレート色で“Recipe / Dead End Chocolate Factory”と印刷されている。
ニューヨークの中古レコード屋で見つけたときには、ビートルズの「ホワイト・アルバム」やローリング・ストーンズの「Beggers Banquet」の修正ジャケットを真似しているように思えた。有名ミュージシャンのアルバムデザインを真似るのは良くあることだ。だが、そのレコード盤には1本の溝も刻まれていなかった。

(「デッドエンド・チョコレート工場」)

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