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寝違える

 昨晩、眠っている間に手酷く寝違えてしまったらしい。
 朝、目が覚めてみると首の左側から左の肩甲骨の下までが半ば硬直して、動かせなくなっていた。
 上半身の上側の筋肉が数カ所、凝り固まっているらしく、無理に動かそうとすると思わず呻き声を上げてしまうほど痛んだ。

 筋肉の炎症に関してはいささか詳しい。慣れていると言った方が正しくもある。少年の頃から10年ほどの間、競泳選手として過ごしていたあいだに、捻挫や痙攣、肉離れ等々、軽いものから治療が必要なものまで、筋肉に起こる炎症や怪我の類はすべて経験してきたようなところがある。
 練習中、攣った脚を数秒伸ばして、とりあえず治すなんてこともに痴女茶飯事だった。怪我が多ければ、治すのも上手くなる。
 そんなわけで今朝、寝違えが判明しても、取り立てて慌てることもなく、アイスパックで冷やし、次にシャワーで温め、といつもと同じ手順をなぞって、できるだけ痛みを軽減することに務めたのだった。

 筋肉の痙攣といえばふくらはぎが攣るのがメジャーだろうが、泳いでいると驚くほどあちらこちらが攣る。
 アキレス腱の周り、首、肩、背中、手首が攣ることもある。
 まだ完成には程遠い幼い体格に過剰な負荷がかかることで、筋肉が限界に達してしまって痙攣を起こすのだが、それも慣れの問題で、経験が増えていくと対処も早くなる。
 だが、いくら経験を重ねても足の小指の痙攣は厄介なものだった。
 攣るのは筋肉が収縮したまま伸びなくなっている状態だから、基本的な対処は「伸ばす」ことだ。
 無理に勢いよく伸ばしては断裂する可能性もあるから、慌てず、痛みを堪えながらゆっくりと、慎重に伸ばしていく。
 ところが足の小指だけは伸ばせば済むものではない。膝を曲げ、腰を折り、手を伸ばして小指をつかんで、つま先の方向に引っ張らなければ伸ばせない。指の曲げ伸ばしは腱が担っているので、指を引っ張っても足の裏につながっている部分が伸びなければ痛みは消えないのだ。
 引っ張ればその瞬間は治る。でもすぐにまた攣る。
 あるいは別の場所、足の甲などに伝播して、今度はそちらが攣る。
 そうしているうちに足の裏、ふくらはぎへとリレーのように痙攣が移動していって、自分の体との追いかけっこになる。

 今でもときどき感じるのだけれど、自分の肉体というものがどこか自分だけのものではないような、意識とか意思とは関係なく、別の誰かによって動かされているような感覚になることがある。
 足の小指が攣るたびに、「自分の体だと思うな」と誰かに言われているような気がして仕方がなかった。

 当時、かかりつけの整形外科の先生にそんな話をしたら、「その程度の鍛え方で自分の体を自分で完全に支配できると思ってるなんて、思い上がりも甚だしい」と笑われた。
 自分の体ですらコントロールが効かないのだから、社会が思うように動かないなど当たり前。それから社会に対して寛容になったかといえば、まったくそんなことはないのだけれど。

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