あの時、炭焼き職人を目指していたら | Jul.5
都知事選。選挙の結果はともかく、投票率の低さに唖然として、やる気が全て失せてしまった。年季の入った子供用のプールの空気が一気に抜けて、中に残っていた水が芝生にすべて吸い込まれたような体たらくだ。
口が悪いのは昔からのことだ。物の言い方が多少丸みを帯びた程度で、口の悪さ自体は一貫して変わっていない。
例えるなら、使ってるうちに刃が丸まった包丁みたいなものだ。スッと刃が入ることはないけれど、押し付ければ潰し切るように、とりあえずは切れる。刃が丸くなった分、かえってタチが悪くなっている。
自分を社会不適合者だとは思わないけれど、ど真ん中で同調できるかといえば、それは無理な話でしょうと納得をするぐらい、社会の周縁部にどうにかぶら下がってやってきた。
特にはみ出し者でも、アウトローでもなく、自分としては社会の邪魔にならない程度に首をすくめて生きてきたと思うのだが、人から見るとそれは甚だしい勘違いらしい。「どこからどう見てもアウトサイダーだろ」と、さも当然という顔で言われるし、「変わっている人」と言われるのはもはや自分の通り名なのではないかというくらい、何度も何人からも言われてきた。
もちろん彼らの意見がすべて間違っているとは言わない。でも僕としては「変わっている」のではなく、ただ「違いがある」だけなんじゃないかと思うのだ。
ともあれ社会全般から見たら僕は少数派で —— 決してユニークな存在だと思ったことはない。これだけ人間がいたら、同じような人はどこかに必ずいるとは思っていた —— 自分の妥協できる範囲にある間は、とりあえずできるだけ迷惑をかけないよう、波風を立てないようにしようと注意をしていた。
でも僕のような性格は、どれだけたがをはめても締め付けきれないらしく、ことあるごとに要らぬ波風が立ち、結果としていくばくかの不愉快な思いを誰かにさせることが多かった。
経験を重ねれば人は学ぶ。僕も学ぶ。
大学を出るときにどんな職業に就こうかと考え、最も適しているのは炭焼き職人ではないかと結論を出した。
社会の一端には繋がったまま、メインストリームからは遠く離れ、作業は炭焼き小屋で一人きり。これなら誰にも迷惑をかけることはあるまいと思ったのだ。
投票率の低さに呆然として、「頭の悪い奴に巻き込まれるのはごめんだ」と書いた。17歳の時からことあるごとに口にしていたことを、今もってなお言っているのだと気づいて、やはりあの時に炭焼き職人になり、社会の中心とはいささか距離を置いて生活していた方がよかったんじゃないかと、改めて思ったのだった。
僕は、自分のことは昔からちゃんとわかっていたのだ。
残念ながら、僕以外の誰もが、僕よりも世間を見ていただけで。
この教訓から学ぶことは一つもない。
悪しきサンプルになる程度だろう。
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