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A.I.はカナガキロブンを思いつくまい

昨晩、台所でコーヒーを淹れていたら、唐突に「カナガキロブン」という音が頭に浮かんだ。

「漢字仮名交じりって、やっぱり漢字がメインで、仮名は脇役なんだろうな」などと考えていたせいなのだろうが、あまりに脈絡がなくて、「仮名垣魯文」に置き換わるまで、いくらか時間がかかった。

前後の流れとは無関係に、突然、頭の中に音で単語が浮かび上がることが増えた。もしかしたらこれも老化現象の一つなのかもしれない。
例えばこの「老化」という言葉もそうだ。
突然「ロウカ」という音だけが頭の中に響く。

それが「廊下」なのか、「老化」なのか、果たして今、廊下について無意識に何かを見ていたのか、刹那的に廊下に何か引っかかるものを感じたのか、当人にもわからない。
と、こんなことがいろんなタイミングで起きる。

先日、上野に行った時には、不忍口から外に出た途端に「パレオパラドキシア」という単語が頭に浮かんで(これまた音として)、しばらくそれが何なのか、記憶の箱の中をガチャガチャと探し回る羽目になった。

パレオパラドキシアは太古に存在したカバの先祖みたいな格好をした哺乳類なのだが(これはすぐに思い出した)、パレオパラドキシアという生物をいつどうして知ったのか、まったく覚えていない。
ましてや、それをどうして上野の不忍口を出た途端に思い出したのかは、皆目見当がつかないのだ。

年齢を重ねて、こういう現象が増えてきたのは、もしかしたらそれだけの量の情報が記憶されてしまったからなのかもしれない。
箱にパンパンに詰まった情報が、何かささやかなきっかけに反応して、意味もなく飛び出してくる。そんなことが起きているんじゃないかと思う。

ましてやこれだけ過剰に情報化が進んでしまった社会だ。
本来は不必要な情報まで、無意識に記憶の箱に格納しているのだとしたら、箱の持ち主の必要性とは関係なく飛び出してくるのも頷ける。

過剰な情報でも等価に、無条件に格納して、何かの傾向、パターンを見いだすのはA.I.の得意とするところだけれど、どれだけ技術が進んでも、人間が記憶する作業を減らしたり、やめる気配はない。
その人に必要がありそうな -- やがて必要になる可能性の高い -- 情報を優先して記憶していくぐらいの進化はあっても良さそうだけれど、そうそう簡単には変わらなさそうだ。

将来は、A.I.が人間の外部記憶装置的な役割も担うようになって、本人の行動パターンを予測するとか、その予測を本人にフィードバックする、なんてことが起きるのかもしれない。
でもどこまでテクノロジーが進んだところで、A.I.が突然「カナガキロブン」なんて単語を思い浮かべることはないだろう。
だから人間はA.I.よりもずっと面白いのだ。

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