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原稿用紙一枚分の物語 #6『はじまりの音』

はじまりの音



男が駅のホームで電車を待っていると、誰かに背中を押された。

危うく線路に落ちそうになり、

慌てて振り返って見たがそこには誰もいなかった。

ただ男にとってこれが初めてではなかった。

信号待ちをしている時、階段を降りている時、

度々誰かに押される感覚はあるものの、いつも誰もいなかった。


男は、こういった出来事が起きるようになってから、

耳の奥でかすかではあるが、

ずっと不協和音が鳴り響いていることを思い出した。

気にしないようにしていたが、もう遅い。

音が増幅して頭が今にも割れそうになった。


「生きている、理由もないか」

今まで選択肢になかった「死」を意識した瞬間、

まるで時が止まったように、一切の音と言う音が消えた。

すると今度は音叉の音が鳴り始めた。

男は、まるで数学の難問を解いた後のように実にすっきりした顔で、

ふっ、と笑った。

電車が通り過ぎた直ぐ後、女性の悲鳴が辺り一面に響いた。

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