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『千夜千字物語』その26~引越し

「いる」
ミサトが窓から外を伺うとストーカー男の姿があった。
「警察に電話しよう」
ミノルはそう言うと警察に連絡して
「黒のパーカーにカーキのパンツ」
とその男の特徴を伝えた。
しばらくするとマンション周辺に
何人かの警察官が現れた。
それを気付いた男は、
警察の目をくぐって姿を消した。

ミサトはストーカー男から逃れるため
引越しを決めたのだが、
新居の場所を知られては元も子もないので
敢えて引越し業者を頼まずに
宅配便で荷物を送ることにした。
ほとんどの荷物は
ダンボールに詰めることができたが、
問題は家具だった。
分解できるものは分解して
ダンボールで送ったが、
できないものは仕方なく処分をした。
当日は、警察官に付近をパトロールしてもらい
ストーカー男を追っ払ってから
移動するという計画だった。

実家の電話が鳴った。
「無事に引越しは終わった」
と娘からの報告があった。
それでもまだ母親のルミコは心配で
娘に何度も確認していると、
インターホンが鳴った。
二度目が鳴ったところで
二階にいた父親のシゲオが降りてきて、
電話中のルミコが電話をしているの見て
代わりに玄関に出た。

「突然すみません」
一人の青年が立っていた。
「ミサトさんの後輩のモチヅキです。
 引越しの手伝いをしていたんですけど、
 はぐれてしまって…」
青年はそう言って頭を掻いた。
「先輩の引越し先の住所を教えてほしいんですけど」
シゲオはルミコから
娘の住所は誰にも言わないように釘をさされており
「悪いが娘の後輩という保証がない限り
 住所を教えられないんだ」
きっぱり答えると
「電話も出ないし、困ったなぁ。
 あ、もしかして彼氏と最中だったりするのかなぁ。
 彼氏さん好きそうだし」
独り言のように、でも父親には聞こえるように
意味深に笑いながら呟いた。
彼の話しを聞いて父親の顔はみるみる赤くなった。
「ちょっと待ってろ!」
そう言って家の中に消えて行った。
戻ってくると一枚のメモを青年に渡した。
「手遅れになる前に行け!」
「ありがとうございます」
そう言って青年は去って行った。

「で、特徴は?
 黒のパーカーにカーキのパンツね」
ルミコはミサトの言うことをメモった。
「お父さんにも、
 “誰にも住所を教えないでくださいね”
 って言ってあるから」

その時、シゲオがルミコに聞こえるような大きな声で
しゃべりながら玄関から戻ってきた。
「いまサトミの後輩がはぐれたからって
 住所を書いて渡したよー!
 黒のパーカーにカーキのズボンをはいた男に」

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