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雨、鉄を鳴らす 5

私は車椅子を置いて、ゆっくり、少しふらつきながら、おばさんの隣のブランコに座った。

「ねえ、おばさんね、宇宙人に興味があるの。この地球にはね、悪い宇宙人がいて、滅亡へと導いているの。おばさん、なんとかその事が知りたくてね、知りたいなあって思って歩いていたら、『宇宙研究所』って書いた看板があったの。だからおばさんすぐに連絡してね、セミナーに通ってお話を聞いたの。一年に一、二回しかないんだけど、そこではフランスかなんかで、宇宙人に出会った事のある偉い先生がお話してくれるの。それでね、何回もおばさん聴きに行った。だけどその先生が書いた本っていうのが、人間のクローンをどんどん作るべきだっていうような内容だったのね。そうすれば地球は滅亡しないって、出会った宇宙人が教えてくれたんですって。でもおばさんその本のこと、信じられなかったの。それからおばさん、お金もかかるし、ぱったりと行かなくなっちゃったんだけど、そうしたらそれまで送られてきていたパンフレットとか、もの凄い量だったんだけどね、それもぱったりこなくなっちゃった。凄いものよね。そういう方法なのよね。だまされるところだった。悪い宇宙人ているのよ。おばさんも騙されるところだった。危なかった。本当なの。その人も運が悪かったのね。悪い宇宙人に捕まっちゃったんだから。だってそうでしょう眼の前に円盤が降りてきて、いろいろな話を聞かされるんだもの。でも、人間のクローンを作れっていうの。クローンだなんて、おばさんは反対。ねえ、悪い宇宙人ているのよね。でも大丈夫よ。日本のね、偉い、ほら昔なんとかっていう番組のプロデューサーをやっていた人の奥さんね、その人凄い人で、おばさん尊敬しているんだけど、その人150カ所以上の国をまわったりしていて、その人もやっぱり、そういう、力があるのね、みえるのよ、いろんなことが。だから、でも、やっぱりその人が言うには、2000年でこの地球は滅びるんだけれど、でも大丈夫なんですって。本当よ、2000年までに心の浄化っていうのかしらね、心を奇麗にしていればね、必ず天上に行く事が出来るんですって、そう言っていたの、書いてあったの、その人、本も書いてるのね。だから大丈夫なのよ本当に、大丈夫なんですって。」
 
一息に話し終えたおばさんは大きく空気を飲み込んで、バイバイと手を振りながら病院に続く渡り廊下を歩いて行った。今は1999年の5月だから、2000年まであと一年もない。そんなにすぐに私は心の浄化ってものが出来るのだろうか。おばさんはどこに行ってしまうんだろう。何をあんなに想いつめているのだろう。悪い宇宙人てどんな人。私はとにかくそうしなくてはならない気がして、というよりも普通の人がブランコに乗ったらそうしてしまうような衝動でブランコを漕いだ。私の足は萎えていて、ブランコは全く思ってもみないような、妙な動きをして私の身体をもて遊んだ。陽が傾いていた。烏が鳴いた。もう帰らなければ。帰るといっても結局はここに居るのだけれど。帰らなければいけないだろう。
でも、誰もいないから、どこへも行く事ができない。

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