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マインドフルネスの「意図的な意識」の効果

日本マインドフルネス学会によるマインドフルネスの定義は以下です。

「今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること」

分かるようで分からないですよね。
まず最初に「意図的に意識を向ける」というのがどういう意味なのでしょうか。

今日はここを書いてみたいと思います。

私たちは日々、様々な体験をしています。

朝、目覚めるという体験をして、
起き上がるという体験をして、
「おはよう」という体験をして、
歯を磨く体験をして、
ご飯を食べる体験をして、
着替えるという体験をして、
部屋の電気を消すという体験をして、
鍵を閉めるという体験をして、
その間にも何度も携帯を確認するという体験もしています。

寝ている時でさえも、記憶はないけれども寝るという体験をしています。

さて、そんな中で
「意図的に意識を向けている」状態はどれくらいあるでしょうか。

意図的に意識を向けているとは、
「私は今これを体験している」という認識を伴っているということです。

おそらく、ほとんどが意図的には意識を向けていないはずです。
勝手に動く体に任せて、頭は考え事していませんか?

朝目覚めたら、理由もなくすぐに携帯をみて、
チャットが来ていないか確認し、
おもむろに洗面台に進み歯を磨いて、
冷蔵庫の食べ物を探し口に入れ、
食器を片付けながら時間を確認してあと何分で家を出なきゃいけないと思いながら次の行動を計算し、
いそいそと着替えて家を出るわけです。

一見するとこれらはなんの問題もないように思います。

では、なぜマインドフルネスではこれを行なっていくのでしょうか。
意図的に意識を向けた時に私たちが手にするものとは?

それは「自由」だと私は思います。

何を言ってるの?とお思いかもしれません。笑

しかし、私たちが自由を手に入れるために、
とくに自分が作り上げた無意識の束縛から自由になるために
この意図的に意識を向けていくというのは大切です。

先に述べたように、意図的に意識を向けていくとは
「今私はこれを体験している」という認識を持っているということです。

つまり、意図的に意識を向けたときというのは、
その体験で自分が今何をしているのかが明確にわかりますね。

歯を磨くことに意図的に意識を向けた時、「私は今歯を磨いている」ということがわかるわけです。

その時、次に右の奥歯を磨くのか、左の奥歯を磨くのか、その選択ができるようになります。

意図的に意識を向けていない時というのは、
自動的に動く自分に全てを任せてしまっているのでそれらを選択する自分はいません

だから、気がついたら歯は磨き終わってるわけですね。

これにより、物事をスピーディに進められますし、何より考えながら進めることができます。

これは、忙しい現代人には大切なスキルです。

しかしこれは逆を言えば、出来事に対する選択を放棄することでもあります。

出来事に対する反応(リアクション)が無意識に、つまり自動的に行われるようになった時、
そこに選択権がないわけです。
つまり自由がないということ。

マインドフルネスはここにメスを入れます。

とある出来事(または反応の元となる体験)と反応の間も意図的に意識を向け、一旦反応をストップさせます。

そして、自分が次に進むべき反応を選択して行なっていることを認識した上で進んでいきます。


例えば、口の中に物を入れた時、当たり前に噛みますよね。

その口の中に物を入れるという出来事と
噛むという反応(リアクション)を
意図的に意識を向けてストップさせていきます。

そして、それらを自分がどのように感じているのか、どんな味がして、体はどんな反応をしているのか、感情はどんな反応をしているのかを観察します。

そしてその上で自分の次のステップをどうするのか、どのタイミングで進むのかを決定していきます。

この場合、意図的に意識を向けていない場合と
意図的に意識を向けている場合で反応が変わるのはわかりますよね。

意図的に意識を向けないと
2〜3回噛んだらぐいっと飲み込みます。

私はこれを舌のベルトコンベアと呼んでいます。食べる時の自動操縦モードです。

しかし、意図的に意識を向けた時、
まだ食べ物の味を感じている自分に気づき噛み続けるかもしれませんし、
匂いを楽しんでいる自分に気づきちょっと鼻から呼吸するかもしれません。

それは、自分の無意識的な束縛から解放されて自由になった自分を意味します。

食べるだとメリットを感じにくいかもしれないので(笑)、人間関係でも例を。

例えば何か嫌なことを言われた時に怒りの感情が起こったとして、以前はそのまま怒りに任せて相手を攻撃していた(言葉をぶつけていた)とします。


嫌なことを言われた(出来事)

嫌な感情がわきおこる(反応)

相手を攻撃する(反応)

と言う反応が連鎖的に起こっているわけですね。

しかし、マインドフルネスでは、嫌なことを言われた(出来事)と嫌な感情が沸き起こる(反応)を観察していきます。

意図的に意識を向けることで
「私は今嫌な感情がわきおこっている」
体験を認識できるわけです。

すると、それに対して「相手を攻撃する」以外の反応の選択肢が出てきます。

自分の嫌な感情に目を向けることで、辛いんだね、悲しんでいるんだね、と自分を慈しむ気持ちが芽生えるかもしれませんし、

相手を攻撃する言葉ではなく、話し合い分かち合うような言葉を出せるかもしれません。

そこまでいかなくても、攻撃することが何も解決にはならない、むしろ自分の心を余計に苦しめると言うことに気づき、何も言葉を出さずに終われるかもしれません。

マインドフルネスの「建設的な思考」というのは、
このように感情や欲求に巻き込まれることなく
どうすべきかと言う思考から次のアクションが取れるようになることを指します。

これは、論理的に考えよう、ポジティブに考えよう、と言うのではありません。
ただ、そこに意図的に意識を向け、自らの選択で次の反応に進むこと。

それにより、AならばBという当たり前の反応の連鎖を断ち切り、CやDやEという選択肢もあることに気づくことがマインドフルネスで行なっていることです。

ネガティブをポジティブに変えるのでもなければ、
論理的思考を鍛えるわけでもなく、
ただ意図的に意識を向けていく、その瞬間体験していることを体験するだけです。

誰にでもできます。

念のためお伝えしておくと、無意識であることが悪いということではありません。
先に述べたように、私たちは今忙しすぎます。
だから、考えながらオートマティックに動かないと1人が背負っているタスクを全てこなせないのです。

ただ、時には立ち止まることが必要なときもあります。
それに気づくことで自分を苦しめている反応の連鎖を断ち切ることもできる、と私は思います。

というような話を明後日のマインドフルネスのセミナーでは行います。(笑)

まだお席は空いているそうです。
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少人数で一人一人の感想もしっかり聞きながら進めていきます。ご参加をお待ちしています(*´ω`)



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