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論理空間の中で、ビジネスは成立したりしなかったりする『論理哲学論考』ウィトゲンシュタイン-1

最近、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を読んでいたんですね。自分としては、「ついにここまで来たか」っていう感じがするんですが、これめちゃめちゃ難しい本なんですね。



本そのものは何年も前に買ってあったんですけども、何度か読みかけては挫折をくりかえしてたんですよ。

で今度こそイケるかも?!って、意を決して読み始めたんですけども、やっぱりね難しいですよね。

ある意味ジャック・ラカンの方がわかりやすいというかね、まあそんなこともないんですけども、とにかく論法がぜんぜん違うというかね、言葉が違うんですね。

哲学書はなんだって難しいんですけどね、やっぱりそれぞれ語り口が違うので、この人はどういう語り口で言ってるのかしら?っていうのが分かるまでぜんぜん頭に入ってこないんですよ。

もちろんフッサールも難しかったですね。難しかったっていうか、今も難しいですけどね。

あとウィリアム・ジェームズの『プラグマティズム』っていうのもね、これも難しかった、それぞれ難しかった。

しかしそれにしてもこの『論理哲学論考』はとにかく難しいですね、ほんと難しいですよ。

だからこれ読んで理解できたら、本当に超人になれるというかね、

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「俺は人間をやめるぞ!」って吸血鬼になった『ジョジョの奇妙な冒険』のディオじゃないですけどね、『論理哲学論考』が本当に理解できたらスゴイことになるぞと思うんですけども。

でも実際に読み始めると、ぜんぜん取り付く島もないくらいに分かんないんです。

でもまぁしょうがないから、とにかく端からちょっとずつ食い下がって読んでいくしかないわけなんですよ。本当に短いに文章なんですけどね。

ともかく最初のところだけ、とりあえず読んでみようと。読みながら噛み砕いてみようと思います。

1 世界は成立している事柄の総体である。

1.1 世界は事実の総体であり、ものの総体ではない。

1.2 世界は諸事実によって、そしてそれが事実の全てであることによって規定されている。

1.12なぜなら事実の総体は、何が成立しているかを規定すると同時に、何が成立してい ないの顔を規定する。

と、まずはここまでにしておきます。

問題なのが、「世界は成立している事柄の総体である」って言うんですね。
だからこの「成立している」とか「成立していない」とかっていうのを、問題にするんですね。

そうするとね、この「成立」っていうことでいうと、ぼくの場合は youtube をやってるんですが、なかなか収益化が成立しないんですよ。

ぼくの youtube チャンネルではこのnoteと同じく哲学やアートについて述べてるんですけども、収益化の条件である「登録者数1000人」には程遠いわけで、その意味では「成立していない」んですよね。

そうすると「世界は成立している事柄の総体」ですからね、この『論理哲学論考』ってビジネス書として読めるんじゃないのかなとね、思ったんですよ。

つまりビジネスっていうのは「成立している」か「成立していか」のどちらかですからね。

お金が儲からない限り、いくら頑張って働いても意味がないわけで、それは「成立している事柄ではない」わけです。

しかも「世界は事実の総体である」というんですね。

「事実」っていうのは「成立している事柄の総体」で、「世界は事実の総体」だっていうことですから、「ビジネスが成立していない」ということは「そんな事実は存在しない」ってことなんですね。

これはかなり厳しい目線でのビジネス書じゃないかと、そんなふうに読めると思ったんですね。

で、「事実の総体は、何が成立しているのかを規定すると同時に、何が成立していないのかをも規定する」なんですね。

ですから、一方では「ビジネスが成立している」という事実があって、その事実そのものが、その他の「ビジネスが成立しない」ということを規定している、ということなんですよ。

だからぼくの youtube チャンネルが「ビジネスとして成立していない」と言うことは、「ビジネスとして成立している」他の youtube チャンネルによって「こんなチャンネル収益化でにるわけないじゃん!」っていう具合に規定されているんですね。

そんなふうに捉えると、また状況は違って見えるんじゃないのかなと思うんですよね。で、続き読んでいますけども。

1.13 論理空間の中にある諸事実、それが世界である。

1.2 世界は諸事実へと分解される。他のすべてのことの成立、不成立を変えることなく、あることが成立していることも成立していないこともあり得る。

2 成立している事柄、すなわち事実とは諸事態の成立である。

2.01 事態とは諸対象(ものの結合)である。

2.02 事態の構成要素になり得ることは、ものにとって本質的である。

これでね、1ページ終わったんですけどね、だいぶ内容の濃い1ページというかね、この番号が付いてるっていうのもね、独特ですよね。

で、この文章も読み砕いていこうと思うんですけども、「論理空間の中にある諸事実、それが世界である」ということだから、「世界」というもの自体が「論理空間」の中にあるんですね。

「論理空間」とは何か?それを、前回までこのnoteで取り上げてた『道徳性の起源〜ボノボが教えてくれること』と言う本で考えてみると、

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