ま_魔法

法律を読み替える「憲法」のマジック―富士フィルムの炎上PVと道路使用許可

富士フィルム炎上PV記事に潜むもう1つ憲法問題

少し前に、富士フィルムの炎上PVを題材に、憲法を考えてみました。
この事例には、もう一つ、憲法の意味を学ぶために重要な示唆が含まれていますので、再び扱うことといたします。

こちらの記事は「道路使用許可なし」というタイトルから、本件PVの撮影には、道路使用許可が必要であることが前提に、許可を取っていないことを非難しているようにも読めます。

道路使用許可とは?

道路使用許可とは、道路交通法(道交法)77条に定められている手続です。
簡単に言うと、道交法が定める「要許可行為」を「道路」で行う場合警察署長の許可が必要ということです。
条文は、次のように定められています。

(道路の使用の許可)
第77条 次の各号のいずれかに該当する者は、それぞれ当該各号に掲げる行為について当該行為に係る場所を管轄する警察署長(以下この節において「所轄警察署長」という。)の許可(当該行為に係る場所が同一の公安委員会の管理に属する二以上の警察署長の管轄にわたるときは、そのいずれかの所轄警察署長の許可。以下この節において同じ。)を受けなければならない
一 道路において工事若しくは作業をしようとする者又は当該工事若しくは作業の請負人
二 道路に石碑、銅像、広告板、アーチその他これらに類する工作物を設けようとする者
三 場所を移動しないで、道路に露店、屋台店その他これらに類する店を出そうとする者
四 前各号に掲げるもののほか、道路において祭礼行事をし、又はロケーシヨンをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で、公安委員会が、その土地の道路又は交通の状況により、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたものをしようとする者
2~7 (略)

要許可行為は、道路における工事(1号)、石碑や銅像などの工作物の設置(2号)、露天や屋台店の出店(3号)のほかは、「祭礼行事」や「ロケーション」などの「公安委員会」が「必要と認めて定めたもの」(4号)として公安委員会に委任されています。
東京都公安委員会が定めた東京都道路交通規則では、次の行為が要許可行為とされています。

(道路使用の許可)
第 18 条 法第 77 条第 1 項第 4 号の規定による警察署長の許可を受けなけ
ればならない行為は、次に掲げるとおりとする。
(1) 道路において、祭礼行事、記念行事、式典、競技会、仮装行列、パレード、街頭行進その他これらに類する催し物をすること。
(2) 道路において、旗、のぼり、看板、あんどんその他これらに類するものを持ち、若しくは楽器を鳴らし、又は特異な装いをして、広告又は宣伝をす
ること。
(3) 車両等に広告又は宣伝のため著しく人目をひくように、装飾その他の装い(車両等を動物、商品その他のものにかたちどることを含む。)をし、又は文字、絵等を書いて通行すること。
(4) 道路において、ロケーション、撮影会その他これらに類する行為をすること。
(5) 道路において、拡声器、ラジオ、テレビ、映写機等を備え付けた車両等
により、放送又は映写をすること。
(6) 演説、演芸、奏楽、放送、映写その他の方法により、道路に人寄せを
すること。
(7) 道路において、消防、水防、避難、救護その他の訓練を行なうこと。
(8) 交通の頻繁な道路において、寄附を募集し、若 しくは署名を求め、又
は物を販売若しくは交付すること。
(9) 道路において、ロボットの移動を伴う実証実験をすること。

職務質問

もし、許可を得ないで要許可行為をすれば、3か月以下の懲役または5万円以下の罰金に処せられます(道路交通法119条1項12の4号)。

第119条 次の各号のいずれかに該当する者は、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。
一~十二の三 (略)
十二の四 第76条(禁止行為)第3項又は第77条(道路の使用の許可)第1項の規定に違反した者
十三 第77条(道路の使用の許可)第3項の規定により警察署長が付し、又は同条第4項の規定により警察署長が変更し、若しくは付した条件に違反した者
十四~十五 (略)
2 (略)

法律や条文を素直に読むと無許可「ロケ」は違法?

法律や規則を素直に読めば、東京都公安委員会は、道路におけるすべての「ロケーション」要許可行為としているものと理解できます。
つまり、東京都公安委員会は、道路におけるすべての「ロケーション」が「一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」(道交法77条1項4号)にあたると判断した、ということになります。

実際に、警視庁の「ロケ撮影と道路交通法について」によれば、すべての道路における「ロケーション」が「要許可行為」にあたり、許可申請後の審査において警察署が「公益性又は社会慣習上の必要性」と比べたうえで許可をするというような手続が想定されているように読めます。

そうすると、本件PVの撮影は、規則18条4号の「ロケーション」に該当する要許可行為であり、無許可で本件PVの撮影をしたことは違法であり、刑罰の対象となると考えることもできます。

違法とされた行為を無罪にする「憲法のマジック」

ところが、芸術作品でもある本件PVの撮影は、表現の自由を保障する憲法21条1項により、十分尊重に値する行為といえそうです。
博多駅事件大法廷判決は、報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値いするとしてるところ、芸術作品の作成のための取材も、同様に考えることができるからです。

このような憲法上保護される行為の場合、「憲法のマジック」により、法律が読み替えられてしまうことがあるのです。

ま_魔法

かつて、こんな事例がありました。
Aさんは、警察署長の許可なく、有楽町駅中央日比谷口前の道路上でビラ配りをしていたら、Aさんのビラ配布行為は規則18条8号(当時の規則14条8号)の要許可行為に該当し、無許可で行うことは違法行為であるとして、道交法違反で起訴されてしまったのです。

(道路使用の許可)
第 18 条 法第 77 条第 1 項第 4 号の規定による警察署長の許可を受けなけ
ればならない行為は、次に掲げるとおりとする。
(1)~(7) (略)
(8) 交通の頻繁な道路において、寄附を募集し、若 しくは署名を求め、又
物を販売若しくは交付すること
(9) (略)

たしかに、規則を素直に読めば、すべての「交通の頻繁な道路において」「物を」「交付する」行為は要許可行為であり、実際に「一般交通に著しい影響を及ぼす」か否かは関係ないように思えます。

有楽町駅S

有楽町駅前は「交通の頻繁な道路」ですから、ここでビラという「物を」「交付する」行為は、すべて「一般交通に著しい影響を及ぼす」ものとみなされ、Aさんは有罪となるとも思えます。

東京高裁S

ところが、東京高裁は、Aさんを無罪としたのです(東京高判昭和41年2月28日判タ189号147頁)。

まず、裁判所は、道路交通法77条の定める要許可行為には、憲法21条1項が保障する「表現の自由」に基づく行為も含まれることを理由に、要許可行為である「一般交通に著しい影響を及ぼす」といえるためには相当高度の支障が認められなければならない法律を読み替えしてしまいました。

法第77条の定める道路の使用に関する要許可行為の中には、その道路における行為自体が公益上若しくは社会の慣習上有意義であると考えられるものあるいは個人の表現の自由、生活上の権利に関するもの等も含まれるので、これと道路における危険の防止ないし交通の安全と円滑を図る必要とを調和させその妥当な限界を画するため、とくに「一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」でなければならないという条件が置かれたものと考えるときは、それ(前述の「一般交通に著しい影響を及ぼす」ということが意味する一般交通に与える支障の程度)は相当高度のものを指すと解さなければならない。

次に、規則に定められている行為が、すべて道路交通法77条1項4号の禁止する「一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」に該当するわけではないとして、規則まで読み替えてしまっています。
裁判所は、要許可行為となるのは、すべての「交通の頻繁な道路において」「物を」「交付する」行為ではなく、実際に「相当高度」な程度に「一般交通に著しい影響を及ぼす」場合に限られると読み替えてしまいました。
専門用語では「委任立法」と呼ばれる問題ですが、法律に委任された規則は、法律の範囲内でしか定められないという、国会が「唯一の」立法機関であると定める憲法41条に関する問題です。

規則に定めた前掲行為から一概に、それが前述の意味での一般交通に著しい影響を及ぼすことが通常予測し得られるもの、換言すれば法にいわゆる一般交通に著しい影響を及ぼすような行為であるとは即断し難い
(中略)公安委員会は「一般交通に著しい影響を及ぼすような方法により」物を交付する場合に限る趣旨において前掲規定を設けたものと解すべきである

そのうえで、Aさんの行為が「相当高度」な程度に「一般交通に著しい影響を及ぼす」と認めるに足りる証拠はないとして、Aさんを無罪としたのです。

む_無罪

ロケーションの場合はどうなるか?

もっとも、本判決は「物を」「交付する」ことに関するものであり、道路交通法77条1項4号が例示する「祭礼行事」や「ロケーション」の場合は、別の判断が必要かもしれません。
たとえば、「ロケーション」の場合、「物を」「交付する」場合と異なり、類型的に道路に人が集まる状態を招くため、すべてが「相当高度」な程度に「一般交通に著しい影響を及ぼす」ものとして要許可行為となるという解釈が考えられます。

しかし、ここで想定されている「ロケーション」とは、テレビカメラや音声さん、照明さんがいて、「もしかしたら芸能人に会えるかも?」との期待をもって人が集まるような、みなさんが通常イメージする「ロケ」のことでしょう。
このような「ロケ」ならば、類型的に「相当高度」に「一般交通に著しい影響を及ぼす」といるでしょう。

しかし、本件PVの撮影行為はどうでしょうか。

撮影者である鈴木達朗氏は、業界では有名かもしれませんが、人が集まるような「芸能人」とまではいえません。
テレビカメラや音声さん、照明さんがいるような大掛かりな撮影でもありませんから、「もしかしたら芸能人に会えるかも?」と期待をして人が集まるようなものでもありません。
撮影対象となった通行人の進路を阻んでいたとしても、これが「一般交通」に「著しい影響」を及ぼすといえるか、しかも「相当高度」とまでいえるかにつき、公表されている情報の限りでは確認することができません

もちろん、無用なトラブルを起こさないようにするためには、すべての「ロケーション」につき、警察が道路使用許可を取るように行政指導をすることは、強制にわたらない限り「違法」ではありません

現在は本件PVが削除されているうえ、本件PVに収録されていないところでどのような撮影行為がなされていたか明らかではないので、本記事が本件PV撮影行為が違法か否かは、正確に判断することはできませんが、公表されている情報の限りでは、道路交通法77条1項4号に違反するものであるかは疑問が残ります。

「読めば意味がわかる法律」なら法曹はいらない

このように、素直に読めば、法律や規則に「書いてあること」に違反するとしても、「なぜ禁止されるのか」という「なぜ」が当てはまらない事例ならば、実際には「違法」とならないこともあります。
先ほどの裁判例は、まさに、憲法が法律や規則の「読み替え」をしたという、憲法のマジックにより無罪となった事例なのです。

法律事務所

弁護士、検察官、裁判官といった「法曹」は、司法試験でこういったスキルを学習しているのです。
極端なことをいえば、「読めば意味がわかる法律」ならば、法曹の出番はありません。
私たち法曹の存在意義は、「読んでも意味がわからない法律」が読めたり、「自然な読み方とは異なる法律」がわかるという特殊能力があるからなのです。

司法試験に興味がある方は、私も取締役である株式会社BEXAのコンテンツをご覧ください!

「憲法のマジック」が社会を変える

近年、法律に「書いてあること」に違反するとして起訴されたものの、結果として「無罪」となった事件が注目されています。

たとえば、いわゆる「クラブ」が改正前の風営法の「ダンス営業」にあたるかが争われたNOON裁判も、形式的には「ダンス営業」にあたるとして、起訴されたものでした。
しかし、大阪高裁は、なぜ改正前の風営法が「ダンス営業」を禁止しているのかを読み解き、禁止の対象となる「ダンス営業」とは、男女がペアで身体を接触して踊るダンスであり、一人で踊ることを前提とするダンスのことではないとして無罪としました。

また、タトゥーの彫師のが医師法違反で起訴した事件も、タトゥーの施術は医師でなければ許されない「医業」にあたるとして起訴されたものでした。
大阪高裁は、なぜ医師法が「医業」を禁止しているのかを読み解き、タトゥーの施術にはその理由があてはまらないとして無罪としました。

これらの事件で、弁護人らは、憲法のマジックを用いて、法律を読み替えるように訴えていました
結果的に、裁判所は、憲法解釈ではなく法解釈により無罪としましたが、弁護人らの憲法のマジックが、裁判所に影響を与えたものといえるでしょう。

このように、弁護士になって、憲法のマジックが使えるようになると、世の中を変えることができるかもしれないのです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?