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アメリカ高校野球の「ゆるさ」という魅力:日本未公開野球映画を観る(38)

Gibsonburg(2013)

※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。

最も「地味」な高校野球

 オハイオの「負け犬」の高校チームが州大会で突然快進撃を始め、州チャンピオンに駆け上った実話に基づくストーリー。
 アメリカに高校野球を舞台にした映画は多くないが、その主な理由は高校野球自体が地味な存在であることだろう。大学野球はカレッジ・ワールドシリーズが6月にネブラスカ州オマハで行われ、フットボールやバスケットより地味とはいえ、それなりに注目される。一方リトルリーグは全国大会兼世界大会であるリトルリーグ・ワールドシリーズが8月にペンシルベニア州で行われ、ESPNでの全国放送もあって注目度はカレッジ以上となる。しかしその間に位置する中学、高校段階には全国大会がない。甲子園の高校野球が国民的な関心を集める日本とは対照的に、ここがいちばん地味なのだ。
 そういうわけで、とりあえず「頂点」となるのが各州で行われる州大会だが、2005年にオハイオ州のギブソンバーグという小さな町の高校が、レギュラーシーズンのリーグ戦で6勝17敗と大きく負け越しながら、州大会のトーナメントで8連勝してチャンピオンになった実話の映画化である。

キャプテンのドラマ

 この結末は初めからわかっていた。短い紹介文に「レギュラーシーズンで負け越しながら州チャンピオンになった全米初のチームの実話」とあり、普段こうした紹介文は丁寧には読まないが、ここまでストレートに書いてあると目に入ってしまう。で、結末は知っていてもそこに至るプロセスで驚かせたり唸らせるのか、と思って観たが、そうはならなかった。なぜこんな「奇跡」が起きたのか、説得的に示されていないのだ。
 ストーリーはキャプテンであるアンディを中心に展開する。彼の家は古くからパン屋を営んでいるが、多額の負債を抱えて両親は廃業を決める。一方、彼が想いを寄せる幼なじみのキャシーはつき合っている男に裏切られた悲しみをアンディに打ち明け、そこから交際が始まる。
 廃業を知ったアンディは、店の地下室で曾祖父が残したコインのコレクションを見つける。コイン商に持ち込むと、負債を払いきるだけの価値があると言われ、店は存続できることになった。さらに、そのうち1枚のコインはそれだけで200万ドルの価値があることもわかる。
 チームはトーナメントで勝ち進む。決勝を前にアンディは「お守り」としてポケットに入れていた200万ドルのコインがなくなっていることに気づくが、父親に店が救われただけで十分なのだと言われる。チームは決勝戦に勝ち、後日グラウンドでコインを拾ったグラウンドキーパーが店にやって来て、そのコインで代金を支払うという結末。

「負け犬」チームはなぜ変わった?

 なぜこのチームが急に勝ち始めたのか。アンディ以外に出てくるエピソードは、新任の監督が「決して諦めない」「常に自分とチームメイトを信じる」をモットーにしたことと、それまで全く打てなかったワイアットという選手が、彼をずっと馬鹿にしていたプロ入り確実なピンカスという強豪校の投手から準々決勝で連続ホームランを打ったこととぐらいだ。
 しかし、アンディも含めてチーム内で起きたこれらの出来事がどのように負け犬チームを変えたのかは描かれない。もちろん、物事の因果関係は明確に見出せるとは限らないが、これだけ異例の優勝を主題にするのなら、何がそれにつながったのか、背景に何があったのかを見せるのは不可欠だろう。なのに本作に出てきたエピソードは、快進撃とのつなげ方がいかにも弱く、ただ並べられているだけにしか見えない。
 コインのエピソードはもちろん創作だろうが、荒唐無稽な感じは否めないし、そもそも野球自体の描写も薄く、上述のピンカスとの対決を除けば、サヨナラの場面などで勝ったことを示しているだけである。そのため、主人公アンディのポジションがずっとわからないという、野球映画にあるまじきミスもあった。ラスト近い場面でキャシーが"Hey, Shortstop!"と呼びかけて初めてわかったのだが、これがなければ不明のまま終わっただろう。

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地味でゆるい高校野球の良さ

 このように「地味な高校野球の地味な映画」という印象が残るが、この地味さは必ずしも悪いわけではない。
 本作には他のスポーツは出てこないが、おそらくこの高校でもフットボールやその選手はもっと人気があって派手な存在だろう。しかし、カレッジも含めて花形の種目には歪みも生じやすい。
 例えば、カレッジでよくあるスポーツ選手の犯罪、特に性犯罪。男子のスポーツ選手は一般学生より高い比率で性犯罪を犯す傾向があるが、種目による違いもあり、NCAAディビジョン1に属する34校のデータでは、2014〜19年に性犯罪の罪に問われた選手47人のうち30人がフットボールの選手だった(野球は2人)。

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USA TODAY(2019年12月12日付)より

 こうした種目による違いはいくつかの要因で説明される。
 まず競技そのものの性質。団体競技のコンタクトスポーツはそのアグレッシブさゆえ、選手は競技以外の場面でも攻撃的、暴力的になりがちと言われ、アメリカンフットボールやラグビー、アイスホッケーなどが当てはまる。
 競技やチームを取り巻く様々な状況も関係する。男同士の結束が過度に強調されている、女性が選手をケアしたり支えたり服従したりといった役割を与えられている(チアリーダーや「女子マネージャー」)、集団での飲酒がルールになっている、グルーピー的な女性が多くいる、そして選手が学校や地域でヒーロー視され特権的な地位を得ているといった場合、性犯罪を行ったり許容、称揚する傾向が強まるという。
 アメリカにおけるフットボールはこれらのすべてが当てはまり、「レイプ・カルチャー」が支配するとも言われる。一方学生野球は、コンタクトが少ないという競技の性質に加え、そのカルチャーに「マッチョ的」な要素も希薄で、校内や地域社会での地位もあまり高くない、どちらかといえば「ゆるい」スポーツである。こうしたアメリカの高校野球の位置は『オールド・ルーキー』(2002)を観てもよくわかる。
 本作のアンディもそうした雰囲気を感じさせる主人公だ。キャシーとピックアップトラックで出かけて泥道でスタックして動けなくなったとき、荷台に二人で寝転んで空を眺めるのどかなシーンはその象徴に見える。そして、こうしたパーソナリティや振る舞い方は前々回のカルビン・マーシャルにも概ね共通する。
 競技そのものの特質と競技を取り巻く状況を比べると、より大きいのは後者のように思う。フットボール選手はどこの国でも暴力的かつ横暴で、野球選手はどこの国でもそうでない、とは言えないだろう。人気競技ゆえ選手やチームが特別扱いされて「一般人」「一般社会」との乖離が大きくなり、非常識だったり横暴な振る舞いにつながるのは、残念ながら日本の野球界にも当てはまる面がある。「体育会系」の中でも野球部の体質は特異に感じられることが多く、アメリカにおけるフットボールに近いと言えそうだ。また、アメリカでも「地味」ではないプロ野球ではDVや性犯罪が時々伝えられ、メジャーリーガーによるDVが主題のRachel's 9th Inning(2015)という作品もある。
 こうした問題は、上述のようにスポーツそのものが生むというよりは、それを取り巻く状況、すなわちアスリート自身を含む私たちがスポーツやアスリートをどう見て、どう扱っているかによって生じたり生じなかったりする。人気スポーツの選手が犯罪や問題行動をする傾向が強いのだとしたら、行為の一義的な「責任」はもちろん当人にあるにせよ、そのスポーツの社会におけるあり方にも問題があると見た方がよさそうだ。

 州大会の準決勝、決勝のシーンは、州都コロンバスにあるAAAクリッパーズの本拠地ハンティントン・パークで撮影され、実際にここで行われている。また試合の放送の解説者役として、ブレーブス他で74勝してノーヒッターも達成したケント・マーカーが出演しているが、彼はコロンバス郊外の出身でおそらく今も住んでいるからだろう。

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