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「ごく普通の」選手はいかにして主人公になるのか:日本未公開野球映画を観る(36)

Calvin Marshall(2009)

※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。

普通の選手とエリート選手の恋

 強豪ではないごく普通のカレッジの普通の選手が主人公の青春物語。
 ベイフォード市立カレッジ(架空)の内野手カルビン・マーシャルはメジャーを夢見ているが、現実にはこのチームに残れるかどうかの瀬戸際にいる程度の選手。コーチであるリトルの温情で、ケガのため保留という形でチームに置いてもらう傍ら、カレッジの放送局でスポーツ番組のキャスターも務めている。
 同じカレッジの女子バレーボールの試合で美貌のエースアタッカーのトリイに出会って一目惚れしたカルビンは、インタビュー後に彼女をデートに誘い、首尾よく交際に持ち込む。全米の大学から誘われたエリート選手であるトリイは、カルビンも力のある選手と思っており、母親の看病のために地元のカレッジに進んだことを打ち明けるが、彼女に横恋慕するリトルから彼の実力を聞く。
 母が亡くなって転入先の大学を決める旅に出るトリイは、カルビンがコーチする地元のスローピッチ・ソフトボールチームの試合でリーダーとして慕われている姿を見て、彼の別の側面を知る。

苦くておかしな「三角関係」

 本作の特徴は舞台と主人公にある。特に強いわけでも、コメディにありがちな弱小でもない公立のカレッジの、スターでも主力でもなく、特に障害や苦難を背負っているわけでもない選手。考えてみれば、こんなありふれた選手が野球映画や小説の主人公になることはほとんどなかったように思う。
 その意味で「異色の」主人公カルビンのいちばんの特徴は人柄なのだろう。ルックスはまあまあという程度だが、少年野球やおっさんたちのソフトボールのコーチに励み、実力を顧みずにメジャーを夢見て、アスリートとして別世界にいるようなトリイに言い寄るが、特に女性経験が豊富なわけでもないカルビンは、どこか憎めない魅力的な主人公で、名前がそのままタイトルになるに相応しい。
 ストーリーは大きく展開するわけではないが、カルビン、トリイ、リトルが中心で、いちおう「三角関係」的な形になっている。40歳前後のリトルは元マイナーリーガーで、チームでは絶対的な力を持っているが、メジャーの夢破れ家族もなく酒に溺れる中年男という弱さもさらしている。
 そんな3人それぞれの強さと弱さが見え隠れを繰り返す本作のトーンには、説明しにくい心地よさがある。その中で、リトルがこういう風に若い二人に絡んでくる意味がややわかりにくく、ともすれば危ないおっさんなのだが、カルビンとトリイだけだと若者の単なるラブストーリーになってしまうのが、リトルはこれまでの経験と現状に由来する苦さ、おかしさを加えており、その意味でやはり重要な登場人物だろう。彼がいつも飲んだくれているバーで、無愛想で乱暴だがそれでも相手をしてやっている中年女のバーテンダーもいい味を出している。
 野球のシーンもそこそこあるが、トライアウトや練習ばかりで試合は出てこず、このチームの実力やレベルはよくわからない。2年制のコミュニティカレッジなので「名門」ではないはずだが、チームで掘り下げて描いているのはカルビンとリトルだけというのは、野球映画としてはやや残念なところだ。
 このように町も学校も架空だが、撮影はオレゴン州で行われ、ストーリーは9月の新学年から始まるため、北西部の秋の低い陽射しがひんやりとした空気を感じさせて美しい。
 近年のアメリカ野球映画は「野球後」に代表されるような、ひねりを効かせようとする作品が中心を占めるようになっているが、その一方で、前回紹介したA Mile in His Shoesのような王道的なストーリーも健在ではある。本作はそのどちらでもない、爽やかさと苦さが独特のバランスで織り込まれた作品という印象が残った。

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