順位変更と順位譲渡・放棄の類似点と相違点
1 補足説明の必要性
私の作成した「2023年度 司法書士試験 本試験分析会」の資料である「記述式試験の全体像・出題論点と過去問の対比一覧」のp2の④問3の応用問題の末尾の「ちなみに……」以下は、補足の説明がなければなかなか理解しづらいものです。そこで、当該資料の作成者、この論点に言及した分析講義の担当者として補足の説明をします。
2 順位変更の制度趣旨
順位変更は、昭和46年(昭46年法律第96号)の民法一部改正により根抵当権と同時に立法されたものです。その制度趣旨は、抵当権の順位を相互に入れ替える方法として、順位の譲渡・放棄を使ってきたところ、これには相対的効力しかないため、複数の担保権者の全員の間に効力を生じさせるには、関係当事者間で処分を繰り返す必要があり、これにより登記が輻輳するだけでなく、根抵当権の立法で元本未確定の間は転抵当を除いて民法376条1項の処分ができないことになったため(民398の11の規定新設)、手続が簡易で、効果として関係当事者全員間に絶対的な効力を生じさせようとするものです(法務省民事局三課編「例解新根抵当登記の実務」Q77p178(商事法務))。
そのため順位変更は、順位の譲渡・放棄を合理化した制度といえ、制度の沿革からも両者の密接な関係性が認められます。
3 順位の譲渡・放棄の相対効と順位変更の絶対効の意味
順位の譲渡・放棄の相対効とは、契約当事者以外にその効力を主張できない、いわゆる契約効です。
これに対して順位変更の絶対効は、絶対効と言いながら合意当事者、利害関係人、後順位の担保権者に対してしかその効力が主張できず、それ以外の乙区の用益権者(賃借権者を含む)、甲区の処分制限登記の名義人(差押、仮差押、仮処分債権者)、仮登記権利者には順位変更の効力を主張できません。そのため絶対効といっても順位の譲渡・放棄を合理化した範囲内で2当事者の契約効を拡張した程度のものにとどまっています。
4 順位の譲渡・放棄と順位の変更の類似点(配当額の計算の類似性)
例えば、目的不動産である乙土地が600万円で売却され、Yの債権額が300万、Z150万で、YZの間に隠れた国税債権600万円がある場合、国税債権がZに優先しますので、Yが300万、国税債権が300万の弁済を受け、Zは弁済を受けられないことになります。
YがZに順位を放棄している場合は、Yの弁済額300万円とZの弁済額0円の合計から、YZの債権額で按分(Y2:Z1)し、Y200万、Z100万の弁済を受けることになります。
YとZが同順位に順位変更をしていた場合は、順位変更を国税債権に主張できないため、Yが300万、国税債権が300万の弁済を受け、Zは弁済を受けられないという結論は上記と同じになります。しかし、YZ間では順位変更の効力を主張できますので、Yの弁済額300万円とZの弁済額0円の合計から、YZの債権額で按分(Y2:Z1)し、Y200万、Z100万の弁済を受けることになります(東京地裁民事執行実務研究会編著「不動産執行の理論と実務」p560)。
配当額が同じになるのは、順位変更が順位の譲渡・放棄を合理化した制度に過ぎないのですから、ある意味当然です。
5 順位の譲渡・放棄と順位の変更の実質的相違点(民法377条の対抗要件)
順位変更と順位の譲渡・放棄とで、実質的な違いが生ずるのは、民法377条の適用による効果です。
例えば、YがZに順位の放棄をした場合、主たる債務者に処分を通知又は主たる債務者の承諾で主たる債務者、保証人、設定者及びこれらの承継人への対抗要件を取得すれば(民377Ⅰ)、受益者の承諾を得ない弁済は受益者に対抗できず(民377Ⅱ)、受益者Zの意に反してYの抵当権を消滅させることはできません。
これに対して、順位変更は、YとZの優先弁済の順位を変更するだけであって、Yの抵当権の受ける優先弁済権の利益をZに享受させるものではないため、民法377条のような受益者保護の規定が存在せず、債務者はZの意向とは無関係に、Yの抵当権の被担保債権を弁済してYの抵当権を消滅させることができ、これを順位変更の当事者Zが阻止することはできません。
その結果、上記4と同様、目的不動産である乙土地が600万円で売却され、債権額が300万、Z150万で、YZの間に隠れた国税債権600万円がある場合、YがZに順位の放棄をしていようが、YZが順位変更をしていようがYの300万円をYZの債権額で按分Y200万、Z100万の弁済を受けられることは既に述べたとおりです。
しかし、順位変更が行われている場合で、Yの抵当権の債務者が被担保債権の全額を弁済し、Yの抵当権が消滅していれば、国税債権が600万円の弁済を受け、Zは弁済を受けられないことになります(法務省民事局三課編「例解新根抵当登記の実務」(商事法務)のQ83p195、枇杷田泰助監修「根抵当登記実務一問一答」(金融財政事情研究会)のp230Q145)。
結果として、順位の譲渡・放棄と順位変更とでは、配当額に違いが生じてしまうことになるのです。この点の差異は、順位変更の立法当初から意識されているものであり、常識的なものといえます。分析会資料で「順位変更は、その間に隠れた国税債権が存在すれば、国税債権が後順位者に優先し当初の2者の合意内容を実現できない弱点」があると述べたのはこの趣旨なのです。
6 司法書士の役割
司法書士は、5号相談の趣旨から、当事者の事実関係を法的に整序し、複数の制度が選択可能な場合には、これら複数の制度の利害得失を説明し、当事者が適切な判断ができるように助言することになります。
記述の試験は、模擬の登記業務(模擬申請)ですので、司法書士がすべき助言を意識した判断が求められます。その意味で、法的には全く根拠がない書面の表題などに拘泥せず、当事者の真意を真摯に探求し、それを法律構成して当事者に助言すべきなのです。
順位変更、順位の譲渡・放棄の利害得失を説明するためにも、前提として順位変更の他に順位の譲渡・放棄が法律構成できていなければ、司法書士の登記業務における前段事務(事実の調査・確認・助言)を適切に行ったとは言えないのです。
伊藤塾 司法書士試験科 講師 蛭町浩