見出し画像

印鑑と日本人

例えば,不動産にまつわる印鑑の利用を取り上げても,平安時代の末期には,遺言状に花押(書判)が使われており,江戸時代には,土地取引について証文に名主(及び五人組)が連署し,末尾に奥書証印する名主加判制度が行われている。

また,最初の登記法である明治19年登記法でも区戸長の印鑑証明書の差し出しが要求されている。しかし,明治23年の2次改正に伴う規則の改正で手続の簡略化の観点から印鑑の規定が廃止されたが,この改正が登記の不確実を招き,明治26年には印鑑の届出義務と印鑑簿が整備され,印鑑の利用が復活している。

この印鑑簿は,明治32年6月16日から施行された旧不動産登記法に引き継がれ,昭和26年の細則改正で印鑑簿が廃止され,市区町村長作成の印鑑証明書の添付に代替され,これが現行不動産登記法に引き継がれている。

コロナ禍の中,印鑑の廃止が声高に叫ばれているが,上記のように不動産取引と関連する部分のみを見ても,その歴史から印鑑の利用は,もはや「文化」といえるレベルに達しており,必ずしも効率・合理だけでその廃止を議論すべきではないのかも知れない。

また,印鑑には,単に本人やその意思の確認作用の他に,印鑑の押印が,大切な判断と密接に関連付けられており,押印を通して,判断の重さ,事の重大さを再認識させる働きをしてきたという経緯がある。

我が国は,遣隋使や遣唐使の昔から「新しもの好き」の気質に溢れ,後先無く古いものを捨て去り,捨て去ったものの価値を岡目八目の外国人から教えられるという笑えない歴史がある。

無駄な印鑑の話は,実は無駄な組織やその運営を象徴する話になっていることが多い。そのため,単に印鑑の廃止に目をそらされ,無駄な組織やその運営が温存されることがないよう,改めて自分を取り巻く周辺を見渡すべきなのであろう。

蛭町 浩

★蛭町講師が担当する「記述式攻略コース」はこちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?