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池袋びっくりガード1

 むかし、椎名林檎さんの「罪と罰」という曲が好きだった。冒頭、「頬を刺す朝の山手通り」という歌詞があって、埼玉生まれの私は、それはいったいどんな通りなのだろう、と気になっていた。
 後年、西池袋で、実際に目にしたが、ただの広々とした、大きな通りだった。
 調べてみると、椎名林檎さんが「罪と罰」の歌詞を書いたときは、実際の山手通りを知らなかった、と語っている。椎名さん自身も山手通り幻想に基づいて歌詞を書いていたわけだ。

 私は、いま、池袋の端に住んでいる。
 その山の手通りを、しょっちゅう自転車で走っている。
 池袋西口から東口に行く道は、ふたつしかない。びっくりガードか、ウィロードだ。
 私は、びっくりガードをくぐって、西口から東口に行く。
 数年前、文学フリマに出店するため、「池袋びっくりガード」という短編を書いた。
 そのとき、私の胸中にあったのは、椎名林檎さんのイメージであり、「罪と罰」の歌詞であり、メロディだった。
 私の「池袋ビックリガード」は、完全にフィクションである。
 ゆえに、山の手通りの記述は、ない。
 いや、一か所だけあった。
 「ぼく」が住んでいる場所をさりげなく一言「山手通り沿い」としたのだった。

 「池袋びっくりガード」を書いたことによって、私は、積年の思いを叶えたような気がする。
 まあ、前述したように、実際は、広々とした、ただの大きな通りなのだが。

                *

     1 

 池袋駅構内を利用して東口、西口に出る人間には関係ないが、池袋はJR駅、東武池袋駅、西武池袋駅を真ん中にはさんで外側から東西をつなぐ道が極端に少ない。二本だけだ。一本は北口から東口にあるPダッシュパルコを結ぶウィロード。もう一つは、西池袋方面から東口ジュンク堂書店池袋本店方面に抜けるいわゆるびっくりガードである。ぼくは西池袋方面の要町山手通り沿いに住んでいるので、自転車をつかう。アニメイト池袋本店にいくならウィロード。ジュンク堂書店池袋本店にいくならびっくりガード。
 びっくりガードをくぐってもぜんぜんびっくりしないけれど、むかしはびっくりしたようだ。「当時のガードは天井も低く、頭上を通る列車通過の轟音と震動に、人も荷馬車もびっくり仰天、こどもは耳をふさいで逃げ出す始末で、びっくりガードと名前がついた。また大雨が降ればガード下は水が溜まり、急勾配の狭い入口は運転手泣かせ、対向車がくれば、両者の意地くらべになったともいわれます」とびっくりガードの途中にある壁に由来が掲げてある。
 土地の歴史って面白い。高校生のぼくでもそう思う。

 日曜日、びっくりガード下を自転車から降りて歩いていたとき、スマホにかかってきた電話にびっくりした。幼馴染みの北川瑠璃の親友、野中ひなたが自殺したというのだ。瑠璃に紹介されて、二回ほど会ったことがある。ツインテールにした、あり得ないほどの美形だった。ぼくの観察では、胸はあまりないようだったけれど、スタイルは抜群によかった。腰のくびれも素晴らしい。自殺というと、テレビニュースでは身近だが、実際にはほとんど聞かない。その不吉な響きに戦慄する。瑠璃とはおなじ町内会で、こどものころからずっと縁がある。父親同士、仲がよく、交流が深いので、自然とこどものぼくたちも仲よくなった。中学校まではいっしょだったが、高校は別々だ。瑠璃は豊島区内の有名女子高にいった。
 理由がぜんぜんわからない、と瑠璃はスマホの向こうでいった。
「自殺の理由なんて誰もわからないさ。本人だってよくわかっていないかもしれない。周囲がどれほど真剣に推測したって、それは推測でしかない。あたっている確証などどこにもない」
 そうよね、と瑠璃はいった。
「そうだよ。ぼくたちにできるのは、ひたすら悼むだけだ」
 話はそれで終わるはずだった。

      2

「野中ひなたが亡くなった。とても残念だ」
 その夜、黒田から電話がかかってきた。黒田はクラスメイトで、とりたてて親しいわけではないが、ときどき思い出したように電話してくる。女の子に対して粘着質の特殊な趣味を持っている男だ。
「もう情報がまわっているのか」
「当然だ。おれたちを誰だと思っている。侮ってもらっては困る」
 黒田がおれたちと呼ぶのは、天使属性美少女研究会のことだ。こいつらはメディアの美少女ではなく、リアルの美少女を捜してきてはあれこれ評価付けをしている。妄想ではなく、現実を相手にしているだけに、たちが悪い。ときには秘かに写真を撮影しているらしい。盗撮だ。何度となく注意したが、やめる気はないようだ。自慢にならない(しゃれにならない)研究会なのだ。
「ということは、どうして死んだのかも知っているのか」
 ぼくは尋ねた。
「自殺だろ。もったいないことをする」
「瑠璃の親友だったから、二度、会ったことがある」
「きれいだったろう?」
「本当にきれいだった」
「トップクラスの天使属性を持っている美少女だった。悲劇以外のなにものでもない。実物の彼女をまえにして、息を吸ったおまえが心底、うらやましいよ」
 この男はこういういいかたをする。黒田の容姿を思い浮かべる。黒く太いフレームの眼鏡をかけ、太っている。この男からは、一人の人間の生命が失われたことに対する悼む気持がまったく感じられない。
「天使属性美少女研究会としては、自殺の理由をどう考えている?」
 ぼくは尋ねてみた。
「わかるわけがない」
「だろうな」
「だが、ヒントくらいはある」
 ぼくは驚いた。「ヒント?」
「ヒントだ。真実にたどりつけるかもしれないヒント」
 黒田は考えながらいった。
「真実ってなんだ? ヒントってなんだ」
 ぼくは息せきこんでいった。
「タダじゃ教えない。見返りをくれ。当然だろ。情報を提供するんだから」
 黒田は抜け目なくいった。
「金か?」
「まさか。友だちのおまえから金をもらおうなんて思わない。おれは、そこまでがめつくはない」
「じゃなんだ?」
「北川瑠璃とデートさせろ。これで、どうだ。おまえなら取りつけられるだろう?」
 不可能だ。なぜなら、瑠璃は黒田が大嫌いだからだ。
「二人きりで?」
「当然だ。デートなのだから」
「五千円でどうだ?」
 そんなに難易度が高いのなら、お金で解決するほうがよっぽど楽だ。
「金はいらない。デートだ」
 黒田は頑固だ。しかもねじれている。ヲタク特有のねじれた頑固だ。意見を撤回することはない。
 真実に近づくというヒントは知りたい。当然だ。瑠璃だって知りたがるはずだ。だが、だからといって、その条件を瑠璃がのむだろうか。それとこれとは、話がべつだ。
「瑠璃に聞いてからでいいか?」
「だめだ。断られたりしたら、生きてはいけない。おれは臆病で、繊細なガラスのハートの持ち主なのだ。だから、おまえが答えを出せ。あとはおまえがなんとか画策すればいいだけの話だ」
 いや、なんとかならない。無理だろう、とぼくは思う。瑠璃は心底、嫌っているのだ。容姿的にも女子に好かれるタイプじゃないうえに、性格が傲慢で不遜だ。ぼくだって黒田のことは好きじゃない。ただ、瑠璃とちがって顔を見たくないほど嫌ってはいない。黒田もおそらくそのことに気がついている。黒田は馬鹿じゃない。
「どうするのだ?」
 黒田が迫ってきた。
「わかった。乗る。乗った!」
 ぼくは後先考えずにいった。知りたかったからだ。瑠璃に土下座して頼めばなんとかなるかも、彼女の親友のことでもあるのだし、と安易に考える。
「男と男の約束だぞ」
 黒田は薄く笑ったような声でいった。そこだけを聞くとかっこいいが、盗撮をするような男らしくない男と、優柔不断な男の約束だ。 
 ぼくと瑠璃はつきあっているわけではない。だから、友だちの頼みで、瑠璃の意向を聞いたうえで、デートをセッテイングするのは、べつにやましい気持にはならない。自分の心にうそをついているわけじゃないからだ。ただ黒田はべつだ。瑠璃が黒田を嫌っていることを知っているから。
「で、そのヒントはなんだ?」
 ぼくが尋ねると、黒田がいった。
「野中ひなたにはレイプ疑惑があった」

      3

「なんだって?」
 ぼくはうわずっていった。「例の連続レイプ魔か?」
「そうだ」
 地元の高校生を中心してそういううわさが駆けまわっている。ただ、事件にはなっていない。ネットや新聞で報道されてはいない。あくまで口コミでひろがっているうわさの一種だ。池袋限定の。都市伝説といってもいい。
「本当なのか」
「うそはつかない。おまえも知ってのとおり、おれは情報で生きている。信用にもかかわる。にせの情報に価値はない」
 黒田のことばは信じられる。信念だからだ。
「連続レイプ魔の真偽ってどうなんだ? ニュースにはなっていないようだけれど。レイプは本当にあったのか」
「被害者が被害届を出さないかぎり、警察は動かない。だから警察が動いていないからといって、レイプがないとはかぎらない。本当のところは誰にもわからないが、被害者がはっきりしないまま、この近辺で連続レイプ魔のうわさが駆けめぐっている状況だ」
「では、野中ひなたが被害者だった、と思う根拠はなんだ?」
「おれは会員制のコミュに入っているのだが、レイプされた女は野中ひなたの高校の制服を着ていたという有力な情報がある。これは事実だ」
「会員制のコミュ?」
「池袋地区限定の美少女女子高生のコミュだ。まあ手っとり早くいってしまえば、自分が撮った美少女写真の交換サイトだ。サイトには鍵がかかっていて、会員しか見ることができない。会員は、会員の紹介がなければ入会できない。犯罪だからな。信用できない人間を入れるわけにはいかない。で、そのコミュではいちばんの美人が被害者だった、といわれている。おれたちのあいだでは、野中ひなたがその射程圏内にいる」
「レイプされた女が野中ひなたの高校の制服を着ていた、という情報はどこから?」
「動画があるらしい」
「動画?」
「レイプの動画だ。はめ撮りらしい」
「本物なのか?」
 半信半疑だった。
「観たことがないからなんともいえない」
「どうしてそんなことまで知っている?」
「コミュの人間は情報通だからだ」
 ぼくは眉間にしわをよせて考える。額に手をあてる。流れてもいない汗をぬぐう。数秒、呼吸をとめる。
 情報通とは便利なことばだが、どうなのだろう。それだけですませていいものなのだろうか。たとえばそのコミュに犯人がいる、事件についてなにかを知っている人間がいる可能性はどうだろう?

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池袋びっくりガード1

緒 真坂 itoguchi masaka

400円

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緒 真坂 itoguchi masaka

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傷は癒えず血が流れている(「スズキ」)
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小説を書いています。新刊「テイラー・スウィフトはいなかった」、amazon、各書店で注文ができます。「アラフォー女子の厄災」「極北」「スズキ」他、アマゾン、中野ブロードウエイ3Fタコシェ、めがね書林にて発売中。めがね書林では、手作り本等も発売中。よろしくお願いします<(_ _)>