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小説屋① 小山田くん

 以下の小説は、「小説屋① 小山田くん」というタイトルで、郵便小説として販売していたものである。発売元は、ネット書店のめがね書林。
 シーリング・ワックスで、封をされた封書に入って小説が届く。

 これは、小説屋シリーズの第1回目であり、かなりの気合をこめて書いた。

 スワッピングの話なども出てくるが、これは、2000年代、女子大生で、AV女優というのが、メディアを騒がせていた時期があり、これはいったいなんだろう、と私はつねづね思っていて、それが、今回の作品に反映されている。

 ラーメン二郎インスパイア店のラーメンの話であり、恋愛偏差値の低い男の話であり、片思いの話であり、スワッピングの話であり、切ない純愛小説である。

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 この春、小説屋をオープンした。小説屋とは、アイデアがあって、小説を書きたいが、さまざまな事情から書けないでいるひとからアイデアを譲り受け、その話をベースに小説を書く商売である。
 商売なので、料金が発生する。私の著作権は、放棄する。ただし、これはあくまで私的な使用に限り、もし商業雑誌等に発表する場合は、別途、取りきめをしたい。
 原稿用紙の枚数は、アイデアの大きさや数によるが、目安は10枚だと考えている。それくらいの長さが、ちょうどよいのではないか。それ以上の枚数になると、さらさらとは書けないからである。発注から納期の期間にもよるが、お客さんをそれほど待たせないで、完成する。それが10枚、と私はみている。
 お客さんがその小説を気に入らなかった場合は、どうするか。その小説のアイデアはお客さんのものである。だが、書いたのは、私だ。そのときはそのとき、考えたい。と思う。
そんな商売が成り立つかどうかは、未定である。とりあえず、やるだけはやってみようと考えている。
 以下の小説は、以上のプロセスにのっとり、書かれたものだが、お客さんからノーの返事をもらったものである。いいわけめくが、作品のできばえそのものではなく、個人的な嫌悪感ということだった。どこに嫌悪を覚えたのかはわからない。それこそ個人的な経験に根差したものなのだろう。
 料金はもらっていない。アイデアを提供したお客さんから好きにつかっていいと言われたので、ここに発表することにする。

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 ラーメン二郎は人気のラーメン店である。いつ行っても行列ができている。また、ラーメン二郎インスパイア店というのも存在する。それは、元祖ラーメン二郎に似せて、極太のわしわし麺、その麺を覆い尽くすほどのモヤシ等の野菜が山盛りになり、ニンニクや背脂などのトッピングを任意に選べる、といった点をおおむね共通の特徴とする、とは、ネットに書かれた解説そのものだが、まあ、そのとおりだ。私は、元祖ラーメン二郎も好きだが、インスパイア店も好きなのだ。何らかの用事で、街に出かけ、たまたまインスパイア系と思われる店を発見すると、とりあえず入店してみることを信条としている。
 これは、そのインスパイア店のひとつ、ラーメンダイキチの話である。大学のそばにあった。いやいや、ダイキチではなく、小山田くんの話である。

 小山田くんは、故人である。大学時代の同期で、ゼミが同じだった。政治系のゼミで、比較的(どちらかといえば)まじめで、勉強熱心な学生が入るゼミだった。教授は、当時すでに六十歳を越えていたと思う。だじゃれが好きで、ユーモアを愛するが真摯なひとで、その学問領域では著名というほどではなかったが、尊大な態度をとるわけでもなく、愛すべきキャラクターだった。私は優秀ではなかったが、それなりに熱心に勉強した。ゼミ生同士のまとまりもよく、ゼミがある日は、大学近くの居酒屋で、ゼミの先輩と後輩を交えて、ディベートをしたものだ。
 大学を卒業して、五年たった。卒業して一年くらいは、なんとなく連絡を取り合って会っていたゼミ生も、さすがに五年もたつと、自分の仕事と生活に追われ、集合がかからなくなっていた。
 そんなある日、小山田くんの訃報が突然、飛び込んできたのである。交通事故だった。小山田くんが運転する車がセンターラインを越えて、対向車に走っていったらしい。対向車は運悪くダンプカーで、小山田くんの車は大破した。即死だった。ダンプカーの運転手は、幸いにして軽症ですんだようだ。
 小山田くんとは思い出がないわけではない。さきほども書いたが、同期だったので、顔を合わせていた。飲み会で同席をしていた。だからといって(失礼な言い方になるが)、特別に親しかった思い出はない。友人、というより、同じゼミの学生、と紹介するほうが、私の気持にぴたっとくる。
 小山田くんは、イケメンで、ゼミ内でも人気があった。女子にも人気があった。わかりやすくいってしまえば、内気で、非リアの私とは、根本的に人種がちがっていたのだ。
 小山田くんの訃報とともに、お通夜、告別式の日取りが書いてあるLINEがまわってきた。それを読んだとき、出席しようと思い立ったのは、正直に告白しよう、小山田くんを偲びたかったからではない。同期のゼミ生、美貌の女子、神無がくるかもしれない、と思ったからである。神無の近況を知りたかったのだ。気があった。無理めの女だとはわかっていた。それでも好きだったのだ。

 小山田くんのお通夜は、荻窪だった。しめやかに行われた。お通夜の席で、ゼミ生がかたまって、当然のことだが、小山田くんの話をしていた。
「小山田くんは二郎系のラーメンが大嫌いだった。とくに、学校のそばにあったラーメンダイキチのラーメンが」
 誰かがいった。
 私の記憶のドアを何かがヒットする。思いがけず、爆発するように私はいっていた。
「いや、そんなことはない。小山田くんとダイキチでたべたことがある」
 周囲が私を見た。
「本当に?」
「ああ、美味しいと言っていた」
「嘘」
「本当だ」
「いつごろ?」
「二年のときだ」
「二年のいつ?」
 私は思い出す。記憶は曖昧だが。
「後期が始まってすぐだった気がするから、十月ごろか」
「私の記憶は、二年生のときの前期のおわり。だから、七月ごろかな」
「ということは、二年生の夏のあいだに、何かがあって、ダイキチが大好きになったということか」
 ダイキチのラーメンは大好きだ。野菜マシマシ、ニンニク、背油たっぷりのラーメンをもう一度たべてみたいと思う。 
 でもたかが、ラーメンの話である。そう真剣に議論する話題ではない。それがいったい何になるというのか。
「で、そのとき、誰といったの?」
 誰かがいった。
 なんだ。まだ話がつづくのか、と私はうんざりした。
「三人だ」
 誰かが男子三名の名前をあげた。
 ふうん、と私は興味なく思ったが、突然閃光のようにはっと気がついた。私がなぜ小山田くんのそんなエピソードを覚えていたのか。その理由に思い当たったのである。
 神無がいた。私のとなりに、神無が座っていたのである。
 そもそもそのときは、神無が誘ったのだった。だから私はついていった。
「神無がいた」
 私はいった。
「そういえば、神無はどうした」
「LINEでは返事がなかったよな」
「神無のこと、知っているひと、いる?」
 口々に聞いた。
「わたし、何度か電話したのだけれど、出なかった」
 話題がずれたな、と思ったのも束の間、すぐに戻ってきた。しかも思いがけない方向から、私の心に弾丸が直撃した。
「そういえば、小山田くんと神無は、仲がよかったよな」
私はおどろいた。初耳だった。
「そうだな」
「ええっ。二人は、つきあっていたの?」
「それはないんじゃないかな」
「いや、仲がよかったよ。一時期、いつもいっしょにいた」
「一時期ね」
「あっという間に別れたということか」
「線香花火のような恋だった」
 本当だろうか、と私は思う。みんな、適当なことをいっているだけではないだろうか。私は思い出す。小山田くんは、神無が誘ったら、好きでもなかった(あるいは大嫌いだった)ダイキチにきたのだろうか。
 そういうことは、充分に考えられる。男のポリシーなんて女の色香にあっという間に粉砕されるものだ。男なんて単純だ。峰不二子ばりの美人じゃなくても、男は、女のいいなりになる。
 思い出す。小山田くんは、神無のほうを向きながら、
「うまいなあ」といったのだ。
 あれは、きみとたべると好きでもない、大嫌いなラーメンでもうまい、というメッセージだったのだろうか。

「そういえばさ、私たちが大学二年のときの夏、変な噂がネットの掲示板に書き込まれたよね」
 誰かがいった。それは私もよく覚えている。というか、レンタルビデオで借りて何回か観たのだ。私たちの大学の学生カップル四人がAVに出演したというのである。いわゆるスワッピングAVだった。四人の大学生カップルが、相手を交換して、目の前でセックスしている。顔にはモザイクがかかっていた。四人は一言もしゃべらず、淡々とセックスをしていた。オープニングで景色が映っていて、それはまぎれもなく、私の大学の付近だった。ナレーションもイニシャルになっているが、私の大学名になっている。
 そのAVを観ていたときの、女たちのなまめかしい喘ぎ声は、覚えている。二人の豊かな胸の揺れも覚えている。

 小山田くんのお通夜には、神無は結局、こなかった。

 小山田くんのお通夜があって、私は、久々にダイキチを思い出した。小山田くんというより(彼には悪かったが)、神無との懐かしい(そして楽しい)記憶を思い出したのである。仕事の帰りに、少し遠回りになるが、大学のそばのダイキチに寄った。

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