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大岡信「地名論」

大岡信 「地名論」

 大岡信さんは岩波新書「折々の詩」であまりに有名で、詩人としてもかつてスーパースターだった。この「地名論」は、大岡さんの詩で、おそらくもっとも高名な代表作である。私の心情としては、あまり知られていないいい詩を紹介したいのだが、まあ大岡信さんは、ファンということで、許していただきたい。その意味で、スリリングではないかもしれないが、いい詩である。

大岡信 「地名論」

水道管はうたえよ
お茶の水は流れて
鵠沼に溜り
荻窪に落ち
奥入瀬で輝け
サッポロ
バルパライソ
トンブクトゥーは
耳の中で
雨垂れのように延びつづけよ
奇体にも懐かしい名前をもった
すべての土地の精霊よ
時間の列柱となって
おれを包んでくれ
おお 見知らぬ土地を限りなく
数えあげることは
どうして人をこのように
音楽の房でいっぱいにするのか
燃えあがるカーテンの上で
煙が風に
形をあたえるように
名前は土地に
波動をあたえる
土地の名前はたぶん
光でできている
外国なまりがベニスといえば
しらみの混ったベッドの下で
暗い水が囁くだけだが
おお ヴェネーツィア
故郷を離れた赤毛の娘が
叫べば みよ
広場の石に光が溢れ
風は鳩を受胎する
おお
それみよ
瀬田の唐橋
雪駄のからかさ
東京は
いつも
曇り

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