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ご先祖様から「絶対にしてはいけない」と夢で忠告されたことを4年間、守り続けた結末は…


皆さんは夢で「絶対にしてはいけない」と、忠告されたら、どうしますか?

まぁ気をつけよう…とは思いますよね(笑)

では、その忠告が、自分の生活圏では「非常識」でプライベートでの人間性を疑問視されるような内容なら……どうしますか?



1、2つの忠告


ご先祖様の夢を見たのは、私が「義父母との別居」を思いつめていた時でした。


夢は二部構成でした。

●第一部/別居を後押し
「あとは何とかするから、ひとまず家を出て…」
仏間でご先祖様たちは義父を取り囲むと、そう言って私を家の外へ逃がしてくれたのです。


●第二部/別居後
別居後しばらくして、私は義父母の生活を心配して様子を見に行きました。ですが、その行動を、ご先祖様から戒められたのです。

「(義父と)二度と顔を合わせてはいけない。気になっても心配でも、絶対に様子を見に行ってはいけない。何が起こっても戻ってはいけない。少し時間がかかるけど『その時』が来たら呼びに行くから、それまで待っていてほしい」
と。


目が覚めると、私は心に刻みました。
この時点ではまだ同居中だったので、
この先、
義父母と別居したら、

【義父と二度と顔を合わせてはいけない】
【絶対に様子を見に行ってはいけない】


2、義父、脳梗塞で救急搬送される


義父母と別居してしばらくすると、夢の「忠告」が試される事態が訪れました。
義父が脳梗塞で倒れたのです。
義母が取り乱して電話をかけてきました。
すぐに夫は病院に駆けつけましたが、
私は、

【義父と二度と顔を合わせてはいけない】
【絶対に様子を見に行ってはいけない】

行きませんでした。

この状況下で、その話を持ち出すの…?!
と、違和感を覚える方もおられるでしょう。
いくら夢で忠告されたといっても時と場合によるでしょう?と。

私も迷いました。
夫の実家は田舎なので、血縁の近い親族は家族で駆けつけるのが常識でした。命にかかわるこの一大事に駆けつけないことは、親族の中で私の立場を損うことは明らかでした。


やっぱり、ここは行っておくべき…?
でも夢は、わざわざ二部構成で、念を押すように忠告された…。

どう行動するのが正解なの?

夢のお告げなら「スゴい!」ことだし、絶対に守ったほうがいいと思う。
だけどそこに現実の不利益が絡むと、
…うわぁー、どうしよう…ほんとなの?
ってなります(笑)

とはいえ、また都合よく夢の続きを見ることはできません。自力で決断するしかないのです!

そこでまず、夢の中に必要な言葉はすべて込められていると仮定しました。
第一部で、ご先祖様が言いました。

「あとは何とかするから、ひとまず家を出て…」

「ひとまず」
別居は一時的なもの?
緊急避難的な感じ?

「少し時間がかかるけど『その時』が来たら呼びに行くから、それまで待っていてほしい」

第二部でも、「呼びに行く」「待っていてほしい」

これはもう、ご先祖様の私への願いは「再同居」!
これしか考えられません。
だとすると、この忠告は「再同居」に焦点が置かれていると考えられます。つまり、ご先祖様の忠告は「再同居」に向けたベネフィットがあるのです。

とはいえ「二度と顔を合わせてはいけない」「様子を見に行ってはいけない」を貫くと、親族間での私の立ち位置が悪くなります。

普通に考えれば、再同居するなら日常的に夫の親族と顔を合わせることになるので、親族間での立ち位置が良いほうがいいはずです。

夢はこれを、わざわざ禁止した。
なぜ?

再同居を見越した上での「忠告」は、いってみれば未来を見据えた視点です。
素直に考えれば、再同居という未来を見据えたご先祖様の忠告を守ることで生じる親族間の立ち位置は、無視していいと考えられます。

あの忠告は、再同居の妨げになるからあえて止めた、とも推測できるのです。

ですがそう考えて、夢を真に受けて現実の行動を制限するには明らかすぎるリスクです。「普通の神経」の私には究極の選択に思えました。

この二つが天秤にかけられて「再同居」へのカウントダウンは始まったのです。



夢に対する私の考え方の詳細はこちら↓
ご一読いただけると幸いです


3、因果応報


脳梗塞で倒れた義父は救急車で運ばれて緊急手術を受けました。
退院後の生活を心配した夫が、
「別居したばかりだけど実家に戻ろう」と言いました。
おそらく病院で親族が集まり協議したのでしょう。私も一般論ではそうすべきだと思います。夢を見ていなければそうしました。

でも、私は夫の申し出を拒否しました。

「こういう事態に備えて同居していたのに、『同居してほしいと頼んだ覚えはない、息子夫婦の世話にはならない、出ていくなら止めない』と言ったのは、お義母さんよ」

私がそう言うと、別居にいたる顛末をすべて見てきた夫は、それ以上は何も言わず、一人で足繁く病院や実家に通いはじめました。



数ヵ月後、義父が退院後も小さな脳梗塞を発症して入退院を繰り返していることを、夫から聞かされました。
「母親が一人で大変だから実家に戻ろう」

ここでも私は、それを拒否しました。

「お義父さんは私に暴力を振るい、謝罪の言葉もなかった。お義母さんは啖呵を切って嫁いびりを繰り返した。それで別居した途端、困ったことになったから助けてなんて、そんなムシのいい話ある?」
夫は黙り込みました。

こんな時に冷たい言葉だということは承知しています。
ですが義父母が困った事態に陥っているのは、2人が揃って自ら招いた結果です。
これまで夫が何度、こうなる事態に備えて同居していると話しても、2人は聞く耳をもちませんでした。
因果応報。
それを噛み締めた後にしか後悔は生まれません。そして後悔の先に、その経験を生かすことができるかどうかが試されるのです。
同居は一度、失敗しています。
ここで情に流されて、なし崩し的に再同居してもうまくいかなくなることは目に見えていました。

私も同じく試されていたんです。
再同居のために、同居していた経験を教訓にして覚悟のある選択ができるかを…。


とはいえ実際に、刻々と訪れる現実に対応していたのは実家に通っていた夫です。
親戚や近所の人たちが続々と見舞いや訪問に訪れる中、長男の嫁の私だけがいつまで経っても顔を出さないのですから、当然、その行動は問題視されていたことでしょう。

なにしろ親戚の中には「見舞いにも行ってないって、どういう事?!」と怒りモードで電話をかける年配者もおられましたから…。
もしかすると夫は針のむしろだったかもしれません。


親族は別居にいたる経緯を知りません。それを説明したとしても、「今はそんなこと言ってる場合じゃない」と言われるのがオチです。
他人の問題なんて瞬時の判断で一刀両断にできるものですから。

ですが、はたして「自分の娘」にも同じことが言えるでしょうか?

義母から「嫁なんか必要ない。親戚にも会わなくていい。掃除なんかして勝手なことするな。散らかってないとあたしは落ち着かないんだよ!」と理不尽な叱責を受け、義父からは暴力を振るわれて実家に泣いて帰り、別居を始めたばかりの自分の娘に、
「何があっても今はそんなこと言ってる場合じゃない。夫の父親に孝を尽くせ」
と言えますか?

などと、そんなやりとりをして、私が見た夢や考えていることなど一連の話を、この非常時に親族の皆さんに説明する意味を考えると…。
私は黙して語らないことを選択しました。


*同居から別居にいたる経緯はこちら↓*
注)長文です


4、義父、脳血管性認知症になる


そうこうしているうちに義父は脳血管性認知症を発症。24時間介護が必要な状態になり、義母の老老介護は過酷さを増しました。
「母親が憔悴してる。たまに様子だけでも見に行ってやってくれないか?」
夫が私に頼みました。

ここが一番の正念場でした。

なにしろすでに夫の実家では、親族が交代で訪れて時には泊まり込みで助け合っていたのに、長男の嫁だけが一向に顔を出さないのですから…。

義父とは二度と顔を合わせてはいけない。
絶対に様子を見に行ってはいけない。

現実はそれを許さない状況でした。


私は夫にあらためて、ご先祖様の夢の詳細を伝えました。


5、忠告の真意

夢から覚めた時、私には確信のようなものがありました。
別居したら、早い時期に、義父に健康上の問題が起こる。
私は心配して様子を見に行く…。

それをご先祖様に止められ、戒められたのです。

「二度と(義父と)顔を合わせてはいけない。気になっても心配でも、絶対に様子を見に行ってはいけない。何が起こっても戻って来てはいけない。少し時間がかかるけど、『その時』が来たら呼びに行くから、それまで待っていてほしい」

それだけでなく、これは言葉としてではないのですが、思考というのでしょうか…。
まっすぐな眼差しが、
こう言っている気がしたのです。

心配して様子を見に行くことは人としては自然な感情だけど、相手次第では、必ずしも関係性を改善することに寄与するわけではない。逆に、自らの首をしめる行為にもなりかねない。

あなたが様子を見に行く行為は間違っている。相手をよく見なさい、と。



6、再同居の条件


「私はあなたのご先祖様に止められたのよ」

夫は神妙な表情で、最後まで私の話に耳を傾けると、口を開きました。
「…どうしたら再同居するんだ?」

私はすでに心の中に準備していた答えを伝えました。

「私はお義父さんとは二度と顔を合わせない。顔を合わせる可能性があるうちは、あなたの実家に様子を見に行くことも再同居もしません」
夫は頷きました。
「それと、お義母さんが『同居してほしい』と希望すること。お義母さんが同居したいと言わないなら、しない。この2つが再同居の条件よ」
「…分かった」


こうして別居して再同居するまでの4年間、
私は一度も義父母に会うことなく、夫の実家にも行かない姿勢を貫いたのです。


7、『その時』が来た


ある日、夫が言いました。
「今、親父は病院に入院してる。もう死ぬまで退院できないだろう。家に帰れる状態じゃないから…。母親は毎日、病院に見舞いに行って日中、家には誰もいない。家のことを任せたいから嫁に戻ってきてほしいと言ってる。…再同居してくれるか?」

別居して4年目のことでした。
私は『その時』が来たことを知りました。


「再同居」を始める日、4年ぶりに会った義母が私に言いました。

「家事をすべて任せたい。頼みます」と。

同居していた時には一度も「頼み事」をしなかった義母が、初めて私に頼み事をしたのです。

ご先祖様の忠告を守り続けた4年間は、この日のためにあったのだと私は確信しました。


※不思議なことに、親族との関係を一切配慮しなかった行為について、再同居後、親族は何も言いませんでした。





これが私がご先祖様の忠告を守り抜いて迎えた結末です。

ですが、これだけだと、なし崩し的に再同居を始めても同じ結果になったんじゃ?
むしろ、率先して協力していた方が嫁としての株が上がり、親族からの信頼も得られ、両親からも感謝されて再同居のスタートとしては、そちらの方が正解だったのでは?
という可能性もありますよね。
私も考えました。
もしそうなら、私は4年も思い込みによる一人妄想をしていたことになると(笑)

でも、なし崩し的に再同居をしなくて良かった理由、絶対に様子を見に行ってはいけないと忠告された理由は、あったのです。

一見、どちらの選択をしても同じ結末だったように見える『めでたしめでたし…』の先には、再同居後の生活が始まります。
忠告は、その日々を過ごすためにありました。それこそが私が守り続けた行動のベネフィットでした。

次回、それをお伝えしたいと思います。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
*一叶*


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