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ショートストーリー「親知らず 抜歯後」

SNSで検索すると、まぁ沢山の画像が出てきた。揃いも揃って、片頬がぷっくりと腫れている。
中には写真を加工し、腫れている部分を矢印で強調しているものや、“こぶとりじいさん” とコメントを加えているものもある。
一方で、腫れているであろう片頬を手のひらで隠し、机に肩肘をついているかのような写真を載せている人もいた。

…それ、意味あるのだろうか。

ふと疑問に感じたが、SNSに意味を求めてはいけないのだろう。
載せたいものを載せ、見たい人が見る。
それがSNSの醍醐味なのだから。


今日の仕事帰りに、五つ年上の玲子先輩が、親知らずを抜くらしい。

「しばらく食事に不自由しそうだから、今日は特別よ」

と、昼食は好物ばかりを並べていた。
ローソンのからあげくん(チーズ味)と、セブンのツナマヨおにぎりと、職場の近くにある割と有名な洋菓子店のモンブラン。
少し前はシャインマスカットのタルトを売り出していたが、最近モンブランに変わったらしい。
食べる前は「原価が違いすぎる」と少し不満気だったが、ぺろりと平らげた後、「明日も食べたい。歯がなくてもクリームなら食べられるかも」と言っていた。

同期の紗英ちゃんは、
「すっごく美味しそう!いいなぁー。一口味見させてくださいよーぅ」
と可愛くおねだりし、
「私の最後の晩餐を奪う気?」
とあしらわれながらも、ちゃっかり一口頂いていた。
なんだかんだ先輩は優しいし、そうやって素直に甘えられる紗英ちゃんも可愛い。

私はそういうふうには絶対に甘えられない。断られたときが怖くて不安すぎるし、

”人に頼らないで、自分のことは自分でやりなさい”

と、両親に口を酸っぱくして育てられた。
だから、誰もが私を表すとき、一番に ”真面目” という言葉を使う。
先輩や紗英ちゃんを見ていると、そんな自分が、少しつまらないと感じる。


先輩は、優しいだけでなく、綺麗だ。
女の私ですら、仕事中の真剣な横顔に見とれて、はっと我に返る時もあるくらい。
当然モテるだろうと思うのだが、現在は彼氏ナシ。
本人にその気がないので、告白されても片っ端から断っている。
学生時代は何人かと付き合ったらしいが、あまり長続きしなかったと聞いている。

「思ってた性格と違った、とか言われるわけ。
なぁにそれ。私は生まれた時からこの顔と性格で生きてきてるのに。
そっちが勝手に妄想膨らませたくせに、なんで私がふられなきゃいけないわけ?」

決して軽い女ではない先輩は、自分が好意を持っていない人とは付き合わない。
多少なりとも好きになった相手に、そんな理由でふられるのは、なんだか関係ないこっちまでむかついてくる。
そいつら、女を見る目がないな。まぁ、先輩も男を見る目がないようだけど。

「この年になると、結婚とかも考えるから、いろいろ慎重になるのよ」

私も五年後には、結婚とか考えるのかな。全然想像がつなかいな。


親知らずは、生えている向きによっては神経を損傷させることがあり、リスクを伴うらしい。損傷してしまった場合は、顔面に麻痺が残る可能性もあるとか。
幸い、先輩の親知らずはまっすぐに生えており、リスクは低いとのこと。

「麻痺は怖いなぁ。歯医者で麻酔した後とかさ、切れるまで飲み物こぼすじゃん。わたし、あの時の、唇が肉の塊みたいに感じる感覚、すっごい嫌いなんだよね」

肉の塊。
なんとなく、わかるようなわからないような。
ただ、歯医者の麻酔は私も苦手だ。麻酔の注射針を歯茎に指す時が、普通にめちゃくちゃ痛い。でも、麻酔をしないで治療をするのも痛いし、どっちも嫌だから、歯医者は苦手だ。

先輩の顔、もう腫れてるのかな。
SNSの画像をスクロールしながら考える。そろそろお風呂に入って寝よう。先輩は、明日お休みを取っていたので、会えるのは明後日だ。


***

「あー。理花ちゃん!」

二日後、私が出勤するとすでに先輩は出社していた。
大きなマスク(マスクは普通サイズ。でも顔の小さい先輩には、大きい)をつけているが、声はいつもどおり、元気そう。

「玲子先輩。親知らずは無事抜けましたか?」

「うん。施術中は特に問題なかった。でも、やっぱり腫れたよー。ほら!」

そう言って目の前に差し出されたスマホには、先日SNSで見た画像と同じような写真が表示されていた。
片頬が、ぷっくりと腫れている、すっぴんの写真。
それでもやっぱり、先輩は綺麗だ。

「今日はもう、だいぶいいんだけど。昨日は一日、口を開けられなくて大変だったよー」

「本当だ。痛そう…。先輩、ひとつ聞いていいですか?」

「なーにー?」

「なんで写真を撮ろうと思ったんですか? 実は私、SNSで ”親知らず抜歯後” って検索してみたんです。そしたら、すごい量の画像が出てきて…。みんな撮るんだなぁーって、不思議に思って」

マスクの上から、抜歯後の頬を優しく包み込み、愛おしそうに触れながら、先輩が教えてくれた。

「うーん。なんかね。記念?
いつも見慣れている自分の顔が、いつもと違うって、不思議な感覚なのよ。自分なのに、自分じゃないような。しかも、口を開けようと思ってもあかなくて、自分の意志で動かせなかったり。
そうね、少し、不安だったのかもしれない。このまま口が動かなくなっちゃったらどうしよう、って。
だから、写真に撮って、あとで笑い話にするんだーって、自分を励ましてたのかな。そうやって頑張った、記念でもあるのかな」

なるほど。あれらの写真には、そんな意味があったのか。
腫れた顔を隠している写真にも、歪んだ顔を晒すことはためらいがあるが、誰かに自分の不安を笑い飛ばして欲しい。そういう思いが込められていたのかもしれない。

「そうなんですね。先輩は、これだけ喋れればもう大丈夫そうですね。って、喋らせたの私なんですけど」

「本当よ! なんてね。
そうだ、お昼にあの洋菓子屋さん行かない? モンブラン買っちゃおうかな。不安を乗り越えたご褒美にね」

「いいですね。私もモンブラン買おうかな」

「えー、違うの買って半分こしようよ!」

頬が緩んだ。

「ずるい!私も混ぜてくださいよーぅ」

紗英ちゃんが駆け寄ってくる。

三分の一に切りやすそうなケーキを選ぼうかな。



おしまい

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