シェア
いとうくん
2020年7月24日 21:11
「入っていいですか?」「いいですよ」 男が云う。 僕は小さな声でお邪魔します、と呟いて、靴を脱ぐ。ひた、と、冷たい感触が靴下越しに伝わってくる。両隣をアパートに挟まれているせいか、家のなかは人工的なまでに薄暗かった。今どき珍しい平屋というのもあって、なんだろう、ここだけ死んだ場所みたいな、そんな感覚を覚える。 すぐ近くにある谷中霊園の気配が、そんな雰囲気を助長させているのかもしれない。ちょ
2020年7月12日 19:27
25歳になったその日、僕は17歳の僕に出会った。17歳の僕は相変わらず孤独で、天才で、どこにも味方なんかいなくて、どこにも敵すらいなくて、一人戦争状態だった。自分vs世界。あの酩酊感の只中に、17歳の僕はいた。 懐かしい、と思った。 くらくらした。 過去を振り返り、昔はよかったなぁ、なんて呟くのは老人の仕事だ。 昔の杵柄を使い、自分の存在を誇示するのは終わった人間の仕事だ。 僕は自分が
2020年7月5日 23:40
小五くらいまでの俺はとても人間じゃなかった。いや、もちろん、一応、生きてはいた。親がいて、帰る家があって、毎日飯食って、勉強して、たまに遊んで。そういう暮らしはあった。 でも、価値なんて何もないような子供だった。いてもいなくても変わんないような、てきとーな存在だった。家やクラスに居場所がないわけじゃないが、別に俺じゃないといけないってわけでもなかった。誰でも変わらない。例えば、俺がある日突然転