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ね・こはかすがい

自分に直接関わった猫だけでも三匹、タイトル写真には、黒猫ろーら以外にも実家の猫てんしんとボーイフレンドの母親の二匹の猫、灰色の鉢割れ柄のしゃどうとタキシード柄のすぬーぴーが映っている。

てんしんとろーらはまだ虹の橋の麓で我々を待っているが、しゃどうとすぬーぴーは、母親が到着したので無事橋を渡ったことだろう。

実家で猫を飼い始めるまでは、私は犬派だと思っており、犬は大型でなければ犬ではない、五匹飼ってパスタの名前をつけるのが夢、などと言っていた。なぜか実家で動物を飼うのはご法度のような気もしていた。

だが、いざ飼い始めてみるとみながぞっこん。猫写真の写メールが日米に飛び始める。驚きだったのは、父親がもっとも入れ込み、亡くなった時に大変なショックを受けていたことだ。言葉に出してもがっかりしたと言っていた。

実家に新しい猫が来、ボーイフレンドのところにろーらが、彼の母親としゃどうに自分が紹介され、と、あっという間に複数の猫が身の回りに登場した。

猫写真も増えた。

気せずして猫たちは、寡黙な、会話の少ない日本の家族と、米国の我々とのあいだに話題提供をし、絶え間ないコミュニケーションを支えてくれた。

ね・こはかすがい、である。

ボーイフレンドと別居してからは、英語が第二外国語であるだけではなく、そもそも日常会話の苦手な私に、猫の話題は、彼との会話の潤滑油となった。

ネタになるのは、各猫の個性が大いに異なるためでもある。内気だったり、人懐こかったり、女王だったり。

誰もが自分の好きなときに好きなことしかしない。確固たる「自己」の持ち主で、我関せずをつらぬく。学ぶことは日々多い。

一家に一匹、どころか、一人一匹猫を飼うようになったら、世界は変わるだろう。

Let a cat #beYourSoulCat ブロジェクトの始動である。

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