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【創作大賞2024】【漫画原作部門】『Lost Wing's』第一話


三話までのあらすじ

遥かな未来。地球でも太陽系でもない宇宙のどこか。
『追加料金、詮索なし』が売りの運び屋『パンサー』は、帝国との戦争で滅亡寸前の王国から荷物を共和国へ送り届けるという依頼を請ける。
 しかしその道中、傭兵『マンティコア』から執拗に狙われ、惑星を滅ぼした過去を暴露され、そのうえ護衛対象の王女を攫われてしまう。

 王女を救うため最新鋭機に乗り換えたパンサーは、帝国軍の基地を強襲する。
 帝国軍から裏切られ、殺されかけた事で離反したマンティコアがパンサーを援護し、その後あらためて一対一で直接対決する。
 辛うじて勝利を収めたパンサーは王女を救い出し、再会を誓い合って共和国へ送り届け、そして別れた。

主要なキャラクター

パンサー

年齢不明(見た目は一六歳ほど)、男性。
『追加料金、詮索なし』を売りにしているフリーの運び屋。
『キマイラ』という名義で活動していた時期に惑星を滅ぼしており、以降は毎晩のように悪夢を見てうなされている。
銀髪白眼、アルビノを思わせる程色白で線の細い美少年。

ライラ・クロヌ・バーデンベルギア

一八歳、女性。
王国、王族の第一王女であり、国王夫妻の唯一の子ども。
優しく穏やかな性格だが現実も見ている。花が好き。
金髪碧眼、健康的な色白の美女。

マンティコア

二五歳、男性。
パンサー(当時は『キマイラ』と名乗っていた)に故郷を滅ぼされ、家族も友人も失って自身も生死を彷徨った過去を持つ。
その過去からパンサーを恨んでおり、殺すために各地を転々としながら傭兵として活動している。マンティコアは偽名。
黒髪黒目、灰色の右目。褐色の肌。右半身に酷い火傷跡がある。長身。

二話、三話のURL

二話

【創作大賞2024】【漫画原作部門】『Lost Wing's』第二話|星人 孝明 (note.com)

三話

【創作大賞2024】【漫画原作部門】『Lost Wing's』第三話|星人 孝明 (note.com)


本文

『キマイラ。ミッションは終了だ。帰投しろ』
 緋色の空の下。
 地面を覆い隠す残骸の上に、無傷の機体が一つ。
「了解。帰投する」
 幼さを色濃く残した容貌の少年は、コックピットでそう応答する。
 眼下に拡がる死の絨毯を目にしても、少年の心は動かない。
 
『準備は良いか、運び屋パンサー』
 およそ一〇メートルの戦闘用人型ロボ、コンバット・ケーシング(C.C)。
 背にコンテナを背負ったソレのコックピットで、少年は目覚める。
 ディスプレイに、通信をかけてきた中年の男の顔が映し出されている。
 依頼者である王族の側近だ。
『そんなジャンクまがいの機体でやって来た時はどうしたものかと思ったが、シミュレーションで一度も勝てないのだから驚きだ』
 男はその大きな肩を持ち上げてやれやれと苦笑したかと思えば、とつぜん真剣な面持ちで背筋を正し、少年を見つめる。
『貴殿が請けた依頼は困難を極めるだろう。しかしそれでも、我が王国の領土を抜け、遠く離れた共和国へコンテナの中身を送り届ける大任を、重ねて頼みたい』
「最善を尽くす」
 男は少年の即答を聞き届け、満足だと言わんばかりに敬礼して通信を切った。
 男の乗った機体は、バイザー型のカメラが付いた頭部を一度だけ少年へ向け、その場を後にする。
 
「……最善を尽くす」
 しばらくして、誰にでもなく呟いた少年は格納庫から出撃した。
 
 眼下に広がるのは廃墟の山。
 かつて華やかだったであろう、城下町の姿。
 瓦礫と残骸の下から這い出ようとした人体の一部と、流れ出た命の赤。
 嫌になるほど見て来た光景。
 少年は目を細め、それらを踏み越えて、敵(帝国軍)を横目に王都を出る。
 ──カッ。
 その時、遥か後方で閃光と、少し遅れて機体を揺らす衝撃波。
 あの男は自爆したらしい。
「……」
 男の覚悟を見た少年は、操縦桿を握る手に力を込める。
 
 街道を少し外れ、木々の中を進むパンサー。
 森林に残る戦闘の形跡を踏み越えていくと、突如として開けた空間に出る。
 それと同時に、レーダーに熱源を感知した。
「盗賊か」
 C.Cが四機。
 残骸から、売れそうなものを捜索していた。
『──熱源! ボス、C.Cですぜ。何らかの背負い物あり!』
 パンサーの機体にはステルス加工が施されてはいるものの、これほど近い位置で遭遇してしまえばその効果は発揮できない。
 盗賊たちは無線を搭載していないのか、拡声機とスピーカーを使いコミュニケーションをとっていた。
『よく見ろ、ソイツはジャンク同然の鉄クズだ。売っても弾薬費のが高くつくだろうぜ』
 いくらか装備の良いC.Cが声を挙げる。
 他は持っていないブレードを腰に提げているあたり、四機の中ではいちばん腕が立ちそうだ。
『悪いこたぁ言わん。この事は忘れな。行け』
 パンサーの機体は古いC.Cで、整備はしているといっても使い込んであるので廃棄寸前のジャンクに見えたようだ。
「了解した」
 パンサーが盗賊たちの近くを通り抜けようとする──。
『──待て。そのコンテナ、随分と良い型を使ってやがるな。中身は何だ? 長距離移動用の物資か……あるいは、きのう滅んだ王国の財宝か?』
「さあな」
『野郎ども!』
『『『了解!』』』
 パンサーは短く舌打ちする。
 今のうちに可能な限り距離をとりたかったが、こんな所で、こんな輩を相手にそれを阻まれてしまったから。
 盗賊の手下は下卑た嗤い声を上げながら三機でパンサーの機体を取り囲み、腕のガトリングで一斉射を行う。
「っ──!」
 パンサーは機体を大きく跳躍させると、左腕にマウントしていたシールドをパージ。
 落下するシールドで下からの攻撃を防ぎつつ、更に跳ぶ。
 その後、落下しながら銃撃を避け、右手に持っているマシンガンで三機のコックピットを正確に撃ち抜く。
 着地したパンサーは、マシンガンをリロードして親分と呼ばれた男へ銃口を向ける。
『……おもしれえ。やってやらぁ‼』
 男は気合を入れると、ブレードを構えてパンサーへ突進した。
 
「行くか」
 思ったよりも、時間と物資を使ってしまった。
 はやく共和国への道程を進まなければ。さすがに正規軍と単機ではやり合えない。
 ──ビーッ、ビーッ。
 だというのに、パンサーは先程の戦闘でコンテナへ攻撃を受けてしまったらしい。
 コンテナが損傷した、という警報だ。
 荷物は気がかりだが、ここで状態の確認をするのはリスキーだ。
 今いる森は視界が悪く敵から発見されにくいが、それは自分からも敵を発見しにくいということだ。
 少し進めば崖になっている地形がある。
 そこへ身を隠し、荷物の状態を確認する事にする。
「……」
 移動しながらも脳裏をよぎるのは、中年の男。
 最善を尽くすと言った以上は、依頼を達成するか死ぬまでは全力を尽くす。
 彼は文字通り、命を燃やして自分へ託したのだから。
 
 およそ一日と数時間後。
 辺りが宵闇に包まれるまで歩を進めたパンサーは、ひとまずの目的の場所まで辿り着きコンテナを降ろす。
 C.Cは崖で見えず、コンテナは高い木々がつくる屋根で発見されにくい。
 パンサーは機体から降り、損傷を確認するためコンテナへ向かう。
 積み荷の詮索はしない。中身が破損していないか、確認するだけだ。
「……」
 コンテナにはヒト一人が入れそうなサイズの穴が空いており、そこから内側の緩衝材らしいものが見えた。
 腕でかき分けてみると、何か硬い感触がある。
身を乗り出して触れてみると、どうやら金属で出来た入れ物のようだ。
「コンテナの中に、さらに容器?」
 思わずつぶやいたパンサーは、コンテナを満たしている緩衝材をかき出す。
 大きく重いコンテナを運ぶのは良いが、その内側にまだ装甲があるなら、コンテナよりも小さく軽いものを運ぶほうが楽だし何より成功率を高められる。
そう考えたから……しかし。
「……」
 その考えは外れた。
 緩衝材で守られた棺のようなソレの中では、パンサーよりいくつか年上に見える女性が眠っていた。
 派手ではないがモノの良い服に身を包み眠っていたのだ。
コンテナの中身は女性だった。
「キナ臭い依頼だ……」
 パンサーは女性を見ながらつぶやく。
 ポッド内で眠り続けているその女性は、しなやかで艶のある金髪をしており、健康的で血色が良く、透き通るようできめ細かな肌を持っている。
唇は潤っていてほのかな桃色。動くのが好きなのか、程よく筋肉がついていて、鼻筋が──。
「──何を考えている、俺は」
 パンサーは思わずまじまじと女性を観察していた。
 自分でそのことに気が付くと、思考を切り替えるため頭を振る。
 ポッドはまだ稼働している。
 このままポッドだけを持って共和国を目指しても良いかもしれない。
 ──プシュゥゥ。
「?」
 しかし、それは不可能なようだった。
 被弾したとき、コンテナは銃弾を完全には防ぎきれなかったらしい。
 ポッドに小さな破片がいくつも刺さっており、そのうちの一つがバッテリーへ当たっているのだ。
 先ほどの音は、その影響で休眠状態が解除された時のものだった。
 バッテリー残量が一定値を下回ると生命維持に支障をきたすため、ポッドには自動で扉を開閉する機能がつけられているのだ。
「──あなた、は?」
 ゆっくりと目を開けてポッドから出た女性は、パンサーの目を見ると二度寝に入りそうなぽわぽわとした声で尋ねた。
「……俺はパンサー。運び屋だ」
 女性は目を細め、コンテナの天井を眺める。
「そう、ですか。王国は滅びたのですね」
「ああ。お前を共和国へ──」
 ──ビーッ、ビーッ。
 パンサーが口を開いた瞬間、C.Cのレーダーが熱源感知の警告音を発する。
 C.Cが接近しているのだ。おそらく帝国の追手だろう。
「ここに居ろ」
 踵を返してC.Cのもとへ駆け出そうとするパンサー。
 しかし、女性はそのパンサーの手を後ろからつかむ。
「戦うのですか? あなたは子どもなのに?」
 その目と声からは心配と哀しみが伝わってくる。
 “子どもが戦うなんて”ということだ。
 今まで何度も向けられてきた視線。
 偽善の目だ。
「戦わねば、俺もお前も死ぬ」
「ぁ……」
 手を振り払い、機体へ搭乗して戦闘準備をする。
 接近してくるのは一機のみ。
 こちらに気付いていないならやり過ごす。
 気付いているなら……。
『見つけたぞ。“キマイラ”‼』
「!」
 月光に照らされたその機体は、重量バランスや扱いやすさを度外視したちぐはぐで無茶なパーツと武装構成をしていて……キメラと言うべき、異形のシルエットをしていた。
 敵は迷いなく崖の後ろに回ってパンサーの機体を発見するとそのまま急接近してくる。
 クセを知られているような動きに戸惑いつつも、パンサーは機体を後退させて──。
『逃がすかっ‼』
 ──しかし、敵パイロットは胸部に取り付けたガトリングと右手のマシンガンを連射。
 パンサーを牽制しつつ、左腕部にマウントしたブレードでパンサーの機体が構えていたシールドを両断する。
「くっ⁉」
『地獄への片道切符をくれてやるぜ。“あの日”のお返しになぁ‼』
「……⁉」
 地表を滑り、木々をなぎ倒しながら後退を続けるパンサー。
 マシンガンとガトリングで行動を制限されながらも、肩に搭載しているミサイルを小出しにして致命的な攻撃を避けていた。
『どうしたキマイラ! そんな鉄クズじゃあ、全力が出せねえかっ⁉』
「っ!」
 パンサーは逃げ回りながらも、先ほどまで隠れていた崖まで移動してくる。
 いちど崖上へ退避し、高度を稼いでから反撃を……と、そう考えた。
『逃がすか──あぁ?』
 だが、崖へ戻ってきた事が仇となった。
 戦闘の余波で木々が揺れ、コンテナが先ほどまでよりも見えやすくなっていたのだ。
 そして、敵はコンテナの中で身を隠していた女性を見つけてしまう。
 敵機体は銃口と殺意をパンサーへ向けたまま立ち止まる。
『なるほど……。運び屋パンサーだったか、キマイラ? アイツがその荷物ってわけだ。──王国の姫を護送するとは、大層な依頼だな⁉』
急発進した敵機は、至近距離に来るとパンサーへブレードを振るう。
「ぐっ……」
 避けきれず、パンサーは機体の左二の腕をブレードで切断され地面へ蹴り落された。
『かのキマイラも機体性能差には抗えんか。……たった今、俺の雇い主に連絡を入れた。C.Cを三機、回してくれるとの事だ。──守りきれずに死ね。パンサー。あの日の俺の気分を味わいながらな‼』
「……」
 勝ち誇ったようにパンサーを見下ろしながら、機体を着地させ歩いて近寄る敵機。
 パンサーは倒れていた機体を起こし、右腕でマシンガンを敵機へ向ける。
 残っているのは右肩のミサイルが数発と、マシンガンの弾が少し。
『今は“マンティコア”って名義で活動している。……アフティだ。この名と共に地獄へ行きな』
「っ‼」
『逃がすか!』
 パンサーは木々が密集している場所へ突入して機体を隠しつつ進むが、マンティコアはそれを追う。大回りでマンティコアを回避し、女性を拾おうというのだ。
『あくまでも“運び屋”ってか。……そこだ!』
 マンティコアはパンサーの動きに当たりをつけ、軌道を読んで動線上にマシンガンを連射する。
 
 ──カッ。
 木々に隠れて直接は見えないが、マンティコアが狙った位置で爆発が起きた。
「マンティコア! 今の爆発はいったい?」
 そしてそこへ、先ほど要請した帝国軍のC.Cが到着する。
 応援要請と今の爆発で、自体を大まかにでも推し量れないようでは、キマイラの弾除けにしかならなかっただろう。
 居るだけ邪魔だ。
「王国の姫の護衛C.Cが爆発したものです。残骸と、コンテナの中に姫が残っていると思われます。捜索をお願いします」
「了解」
しかし、復讐を成してもなお、彼の心はざわめきを止めずにいた。
「キマイラ。お前はアレで死んだのか?」
そう呟いても返事はない。
 
 夕陽が沈もうと昇ろうとしている中、山岳地帯をゆくC.Cが一機。
パンサーだ。
 銃撃を察知した彼は、ミサイルをパージし撃ち抜かせることで大破を装い、なんとか脱出に成功した。
「……」
パンサーは二日ほど夜通しで行軍を続けていて、顔色が悪い。
さらに、C.Cの損傷は甚大だ。
 整備と補給を済ませなければ追い付かれ、今度こそ撃墜されるだろう。
「ひどい隈だわ」
 眠気を振り払って更に進もうとするパンサーへ、後ろから手が伸びる。
いつの間にか眠りから覚めていた女性が、彼の頬に触れて呟く。
「だから何だ。今は先へ、進まなければ」
 言いながらも、パンサーの意識は途切れ途切れだ。
 既に限界を迎えている事に気が付いているのかいないのか、パンサーはそれでも前へ進もうとし──その手をおさえられる。
「あそこに洞窟があるわ。そこで一度、休みましょう?」
 女性はパンサーの視線を誘導するように目線を動かし、少し先にある洞窟を指す。
「……三時間だ」
 数秒の逡巡を経るが、睡眠不足でロクに回らない思考では答えを出せないと判断したパンサーは、その選択が正しいか否かは置いておいてひとまず休もうと頷く。
 C.Cを洞窟内へ入れて身体の力を抜くと、女性へ言い聞かせるように計器類を指さす。
「レーダーを見ていてくれ。中央が俺たちだ。何かが近付いたか、三時間したら起してくれれば良い」
 女性はうんうんと頷き、パンサーへ微笑みかける。
「わかりました。安心してお休みください」
 
 遠くに惑星と、恒星が見える。二つの星はゆっくりと接近し、そして衝突する。惑星が崩壊し、恒星と混ざり合い、強い光を放ち始める。
 少年はそれを、コックピットの中で見ている。
 操縦桿は古い型で、シートも硬い。
 だが、不思議と心が安らぐ場だ。ずっとここに居たかのような感覚がある。
 ──ふと、音が聞こえた。
耳を凝らす。
 その音はノイズになりやがて、小さな悲鳴がいくつも折り重なった悲鳴になる。。
 やがて明瞭になった悲鳴は大きくなり、遂には頭の内から響き始める。
「あ、あぁぁ⁉」
 少年は悲鳴を少しでも紛らわそうと絶叫し、耳を塞ぎ膝を折って小さく縮こまる。
「──‼ ──!」
 息の続く限り叫び続け、息を吸ってまた叫ぶ。その繰り返し。
いつまで続くかも分からない悲鳴は、唐突に止まった。
 少年の頭を、何者かが撫でる感触がある。
 顔を上げると、撫でているのはどこか見覚えのある男。
「──」
 老いた男らしいその声は、男の子へ言い聞かせるようにして何かを囁く。
 少年はその感触に安心し、穏やかに呼吸をして、いつの間にか、眠ってしまった。
 
 目を開けると、自身の顔を覗き込む美しい女性が見える。いつの間にか、シートを倒して横にさせられていたようだ。
「おはようございます、運び屋さん」
 少年が無視して身体を起こし洞窟の外を見ると、なんと朝陽が昇っている。
「……何時間寝ていた?」
「えっと、一二時間くらいですね」
 その間、敵は攻めてこなかったらしい。仮に来ていたなら、これは死に際に見る夢だろう。
「……ここからそう遠くない所に街がある。そこで補給を済ませ、また進むぞ」
「はい。運び屋さん」
 マップを表示させて言うと、女性は物分かりよく頷く。
「……パンサーでいい」
 “運び屋さん”などと呼ばれるのは性に合わんのだと言うパンサーへ、女性は微笑む。
「なら、私のことも“ライラ”で結構です。守ってもらう立場ですもの。呼び捨てで構いませんわ」
 そこまで言われて気が付く。自己紹介をしていなかった。不要だと考えていたから。
「了解した。……出発の準備をしろ、ライラ。先を急ぐ」
 念のため機体の状態をチェックし、ギリギリなんとか動くのを確認したパンサーは言ってライラを見る。
「了解しました、パンサーさん」
 能天気に笑うライラ。
 いまいち状況を理解していないのかもしれないが、パニックとヒステリーを起こさないならそれでいいと考えたパンサーはこれを無視する。
 あの日以来はじめて熟睡したおかげか、パンサーは頭が軽く思考がクリアなのを感じていた。
 
 数時間後、二人は帝国軍に占領された街へたどり着き、そこで相手を選ばずに商売をしている商人とC.Cを直してもらうための取引をしていた。
「へえ。こりゃまた、酷くやられましたな。……料金の倍額で、すぐ直しましょう」
「それで良い。夕方また来る。それまでに直してくれ」
 薄暗い湿気と鉄の臭いが充満している格納庫で、パンサーと店主は話をしている。
 他の客を待たせる代わり、料金を多く出せというのだ。
 パンサーはこれを了承する。
 金には困っていないし、仮に倍額出したとしても依頼の成功料で賄えるからだ。
 それに、機体の状態は依頼の可否以外にも、自身の生死に直結する。
 
「良かったのですか? 機体の整備料、適正価格の数倍はふっかけられていましたが」
「その代わり、奴から他へ情報がバレる事は無い。口止め料も込みという訳だ」
 機体の整備を待つ間、二人は街の中を散策していた。
 出来る事も追跡も、ひとまずは無い。
 ならばライラのストレスをここである程度解消しておき、ここからの道程で不都合が生じにくいようにしようと考えたのだ。
「! コレ美味しいですよ、パンサーさん」
 そしてその思惑通り、ライラは羽を伸ばしているように見える。
 ケバブをかじって目を輝かせているその様子は、普通の女性となにも変わらない。
「……口の端にソースが付いているぞ」
 
「毎度どうも。またのご利用をお待ちしてますよ」
 うやうやしく礼をする商人を尻目に、二人は街の外へ出た。
「今のうちに寝ておけ。追跡は撒いたつもりだが、バレていないとも限らん」
 パンサーは機体を走行させてルートを見直しつつ、ライラへ言う。
 彼女は機体の揺れにあまり強くないらしく、どうも走行中というだけで気分を崩してしまいやすい。
 移動中、いざという時に消耗していては命に関わる。
「わかりました。……無理はせず、疲れたら休憩をとってくださいね?」
 少しの沈黙ののち、ライラはパンサーを心配してそう言うと、後部座席で仮眠をとろうと目を閉じた。
 ──ビーッ、ビーッ。
 次の瞬間、C.Cが熱源を探知したというアラームがコックピット内に鳴り響く。
 数は四機。
「な、なんですか⁉」
「敵だ。バレていたか」
 パンサーは驚いて飛び起きたライラに状況を説明し、接近してくる熱源のほうへ機体を向けつつ走行を続ける。
 四機のうち、異常な速度で接近してくる機体がひとつ。
『キマイラぁ‼』
「マンティコア!」
 パンサーは近付いてくるマンティコアに敢えて接近し、シールドを用いてブレードを腕ごと受け止め、機体を弾き飛ばす。
『ぐ⁉』
 マンティコアの機体は体勢を崩され、転んで足を止めた。
「パンサー、よこから何か──きゃぁぁ⁉」
その直後、二人の横からミサイルが飛来し着弾。
パンサーのC.Cは爆風で大きく揺らされる。
 マンティコアの随伴機が追い付いて来たのだ。
「……」
 ただの四対一ならまだ何とかなる。
マンティコアだけが相手でも、まだ対処はできるだろう。
だが……。
「諦めないで。随伴機の方を突破してしまえばまだ……」
 操縦桿を握ったまま思考を手放しかけていたパンサーを、ライラは何とか励まそうとする。その慌て方からすると、自身の命もだがパンサーをこそ心配しているようだ。
『女。お前がその男をどう思っているかはどうだって良い。……だが、もし知らねえなら教えてやる。ソイツは』
「やめろ!」
 マンティコアが言おうしている事に気が付いたパンサーは、マンティコアの機体へタックルを行おうとするが、回避された上に逆に随伴機との十字砲火で四肢を撃ち抜きもぎ取られて、地面へ倒れた。
『ソイツは──』
「やめろ……」
 パンサーはなんとか彼の言葉を遮ろうと操縦桿を動かす。
 だが、機体は失った四肢を動かそうとモーターを空転させる。動くこともできず、ただ身悶えするだけ。
『ソイツは三年前のある日、俺たちが住んでいた惑星を……。惑星コルドバを焼き払った張本人だ』
「……え? 惑星コルドバって、たしか」
 ライラは驚愕に目を見開き、ディスプレイに映るマンティコアの機体と、隣にいるパンサーを交互に見る。
 三年前、人類の生息域の端に存在していた岩石惑星コルドバ。
 その星は突如として恒星に変化して滅びた……ことになっている。
『岩石型惑星がとつぜん恒星になんかなるかよ。アレは人災だ。俺はその死にぞこないさ。命以外は全て失ったがな』
 パンサーはうつむく。本当のことだから。
 何も言い返す事はできないし、言い返したとしても殺されて終わりだ。
だからせめて──。
「……奴らを引き付ける。その隙にお前は逃げろ」
 パンサーはシート裏から拳銃を取り出しながら言う。
 彼女はパンサーを怖がるなり、罵るなりするだろう。
 ……しかし、パンサーの気分はどこかスッキリとしていた。
 肩の荷が下りたような気分。
 彼女は善性の人間だ。それは疑いようが無い。
 自身は言われるまでもなく死ぬべき人間だ。
 何十億人という大虐殺を引き起こした人間が、今の今まで生きていたこと自体が、贅沢のし過ぎというものだろう。
 その命を善人のために使えるというのは、それほど悪くはない。
「そうですか。……ですが、私はこの瞬間まで私を守ってくれた彼を──運び屋パンサーを信じます」
 しかしライラはそう言ってコックピットから出ると、マンティコアの前に身を晒した。
『なに?』
 マンティコアはカメラをズームしてライラを見ると、短く疑問の声を上げる。
「ライラ……何を」
 一方、パンサーは彼女がとった予想外の行動に目を見開き、マンティコアと同じく疑問を口にする。
「目的は私なのでしょう? それで彼を見逃していただけませんか?」
「⁉」
『! ふざけるな。俺はソイツを殺すために──』
 マンティコアはライフルをライラへ向けるが、横から現れた小隊長らしき人物がそれを制止する。
『よせ。目的は彼女の確保だけだ。それにここは占領した街が近い。俺たちの独断で市民の感情を逆撫でする訳にはいかん』
 その人物はC.Cを跪かせると、手のひらをライラへ差し出す。
『お乗りください。ライラ・クロヌ・バーデンベルギア王女』
 ライラは差し出されたC.Cへ乗ると、振り返ってパンサーを見る。
「王女、だと」
 考えれば分かりそうなものだ。
 滅亡する国の王族からの依頼で、運ぶ荷物は女性、運ぶ先は共和国。
 ……共和国へ、王女だけでも避難させる。そういう目論見だったのだ。
 ライラは泣きそうな顔をしたかと思うと、無理やりに笑顔を作った。
「ありがとう、運び屋さん。依頼は失敗だけれど……楽しかったわ」
「ぁ……」
 パンサーは何かを言おうと口を開けるが、声と言葉が出ずに沈黙してしまう。
 ライラはそんな彼を見て、寂しそうに笑った。
『揺れますので、何かをお掴みください』
 隊長とその随伴機は、ライラを連れてその場を去って行った。
『俺は基地へ戻る。今てめえを殺せば、俺も正規軍を相手取る事になるからな』
 パンサーの耳は、苛立ちを隠そうともしないマンティコアの声に叩かれる。
『あの女を取り戻しに来い。……俺もお前も、このままじゃ引っ込みがつかねえだろ』
 
 パンサーは破損した機体のソフトウェアを起動し、残されたログを見ていた。
 特に理由は無い。
 半ば自失状態になってしまった彼は、何もする気も起こせずに、しかしざわめく心を静めるため、気を紛らわそうとしていた。
 当然ながら、ログのほとんどは自身に覚えのあるもので、心のざわめきも収まりはしなかった。
 しかし。
「これ、は」
 それは、洞窟でパンサーが仮眠をとっていた時の映像ログ。
 シートに背を預けて目を閉じたパンサーが、やがてうなされ始める。
 ライラは後部座席からそれに気が付くや否や、パンサーが座っているシートをゆっくりと倒して横にならせ、どうしたら良いかと迷ったのちに、そっと頭に触れた。
「大丈夫。一人じゃありませんから」
 パンサーの頭を撫でながら、優しい声で言い聞かせるライラ。
 うなされていたパンサーの表情からは悲痛な様子が消え、リラックスして寝息を立て始めた。
「あのとき俺の頭を撫でたのは……そうか。お前だったんだな。ライラ」
 心のざわめきは、とっくに止まっていた。
 
 翌朝。街は大きく荒れていた。
 帝国が彼女に戦争責任を擦り付け、三日後に公開処刑すると発表したからだ。
そんな中、パンサーは再び商人の元へ足を運んでいた。
「いらっしゃい。災難でしたねえ旦那」
「新型が要る。すぐに用意できる中で最上のC.Cを用意してくれ。理論上のスペックで良い」
 商人は目を見開くと、すぐに元の表情を浮かべる。
「期限は?」
「二日半。延期はなしだ。でなければ間に合わない」

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