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【創作大賞2024】【漫画原作部門】『Lost Wing's』第二話

 ライラは、帝国の一個師団が駐留する基地の最奥に囚われていた。
「……」
 四肢を鎖で繋がれ、自由の無い殺風景な部屋。
 灯りすら無い部屋。自身が発する以外では、何の音もしない。
 運ばれてくる食事は無味無臭のゼリーのみ。
 一切の刺激が存在しない部屋で、何もする事なく、ただ死なずにいる。
 ライラは子宝に恵まれなかった両親の唯一の子として産まれ、両親の険しい表情を見て育った。
 隣国である帝国から、王国内でのみ採れる貴重な鉱物資源を要求されていたのだ。
 硬く、軽く、しなやかで加工がしやすい。夢のような鉱物資源。
 戦争によって領土を拡大したがっていた帝国にとっては、これ以上無く望ましい資源だったのだ。
 両親は帝国にいつも頭を悩ませていた。
 そんな二人に少しでも笑顔になってほしくて、ライラは幼い頃から許される限りの権限を用いて国内の問題を解決しようとした。
 少子化改善のため子育て世帯への福祉を手厚くし、保育制度を充実させた。
 一五歳になった頃、帝国との交渉が決裂して戦争が始まった。
 両親の顔はますます険しくなり、軍事力で劣る王国では戦災孤児が多発した。
 孤児を死なせないために、ライラは私財をなげうって孤児院を作り子どもたちを死なせまいと尽力した。
 それらも、王都へ攻め込まれ、国が滅んだ後ではどうなったか分からない。
ライラが一八歳となった時、戦争の趨勢は決し、両親は長年付き添ってくれた側近へライラの事を託した。
側近は彼女を生かすためにパンサーへ依頼を出して命を使い、ライラを逃がした。
パンサーはライラよりも若く、そして精神面が未発達だった。
それなのに、命を賭して逃がそうとしてくれた。
「パンサー……」
 死なせてはいけないと思った。
 無数の国民が両親に託し、両親が側近に託し、側近がパンサーに託した自分の命。
 その使い時だと思った。だから後悔は無い。
 そのはずだ。なのに──。
「いやだ……死にたくない」
 自分で選択した道のはずなのに、ライラは無意識に涙を流して、何も無い空間へ手を伸ばしていた。
 誰かに助けてほしくて、差し伸べられてもいない救いの手を求めて。
 彼女の手は空を切る。
 
「旦那。金を貰っといて何ですが、その機体は人間があつかえる代物じゃありませんよ」
 二日と少しして、期日通りにC.Cを組み上げた商人は、登り始めた朝陽の青白い光を受けて輝く機体を見上げ、それに搭乗したパンサーへ声をかける。
 軽量化された細身の機体に対し、右腕には重く長いブレードを三本装備している。
重心が大きく右側に傾いていて、そのくせ大出力なブースターのせいで異常な速度を出せるので、並みの腕前なら姿勢制御に手一杯で戦闘には使えないだろう。
「いや、これで良い。……世話になった」
 パンサーは機体のスピーカー越しに短く言うと、ジェネレータを起動させて街を飛び出した。
「はあー。安定して飛んでらあ。どうなってんだ?」
 バランスを崩すどころか、まるで自分の身体の様に機体を操って飛び去るパンサーを眺めながら、商人は思わず呟く。
 
帝国軍の基地。
 一個師団が駐留している基地で、マンティコアは師団長と向き合っていた。
「さて。マンティコア。依頼を達成してもらっておいてこういった事を言うのは心苦しいのだが。パンサー、いやキマイラは──」
 師団長は葉巻を咥え、部下に火をつけさせて吸い込むと、息を吐きながら言う。
 顔を動かさずに部屋の中を見渡すマンティコア。
 細長いテーブルの向かい側に師団長。
兵士は部屋の四隅と自身、そして師団長の隣に一人ずつ。
 全員が銃を持っている。
 下らん脅しだなと内心で思いつつ、マンティコアは師団長の話に応じる。
「ああ。キマイラは来る。王女を取り返しにな」
 師団長の眉が動く。気に入らない回答のようだ。
「しかしね。既に三日目だというのに、街の隊員からC.Cを発見したという報せは来ない。キマイラはこの仕事から手を引いたと考えるのが妥当だろう」
 あくまでも穏やかな態度を装って話してはいるが、マンティコアは彼の思惑を既に見抜いていた。
「ストレートに言ったらどうだ。“お前はもう用済みだ”と」
 マンティコアが腰の銃に手をかけた瞬間、部屋中の兵士がいっせいに銃口を向ける。
「我が国の軍人でもない君へ、“王女に無実の罪を着せた”という情報が流れているのは大問題だからな。君の言うキマイラへの対策として生かしておいたが、王女の処刑が済めば、備えも必要無くなる」
 師団長は立ち上がり、ペラペラと言いながらマンティコアへ近付く。
 その表情は至って平静だが、物言いから勝ち誇ったようなニュアンスが滲み出ていた。
「この男を牢へ入れておけ。王女の処刑ついでに口を封じさせろ」
「「はっ!」」
 
 かくして、マンティコアは牢屋へ叩き込まれた。
処刑まで残り十数時間。
順調にいけばライラは処刑され、その後マンティコアも同じく殺される運命だ。
「馬鹿どもめ。……キマイラは必ず来るぞ」
 しかし、マンティコアは自身の命をまるで心配しておらず、ただキマイラが現れた時に備えて仮眠を取り始めた。
 
 数時間後、マンティコアの耳を爆音が叩く。
 スピーカーから流れているのはスクランブル発進を促す警報だ。
『繰り返す。敵は単騎、単騎である』
「! 来たな」
 マンティコアは素早く身を起こすと、自身の房を監視する兵士へ後ろから近寄り、柵の隙間から腕を伸ばして首をへし折った。
「旧時代的な牢屋を使っているからだ。間抜け」
 誰にでもなく呟くと、殺したばかりの兵士からICカードを盗みカードリーダーへかざして房のロックを解除した。
「俺を殺そうとした報いは、受けてもらうぞ」
 マンティコアは兵士の遺体から銃を奪うと、自身の機体が保管されている格納庫へ向かう。
 
「およそ一個師団程度か。……一点突破すればっ!」
 パンサーは基地を遠くから眺め一人で呟くと、目を閉じて大きく息を吸う。
 命を捨てるようなもの。
そう形容されてもおかしくない行為だが、三年前の彼にとっては、それが日常だった。
 無論、今はそうではない。
 あの日々のキレは無く、あの日々とは違い、人の死を認識している。
 しかし。
「大丈夫だ。……あの頃の俺には、負ける気がしない」
 パンサーはあの日々の──キマイラよりも強い。
 助けたいという、自身を突き動かす想いがあるから。
 パンサーは目を開けると、機体のブースターに火を灯して帝国軍の基地へ突撃した。
 
「まずは通信施設──!」
 レーダーで探知されながらも基地内部へ降り立ったパンサーは、この基地へ援軍を寄越されないように通信用のアンテナが立っている地点へ急行する。
途中、パンサーの行く手を阻もうと現れたヘリや装甲車を通り過ぎ去りつつブレードで切り刻む。
「七。援軍の要請はさせない!」
目的の施設への道が開けるが、レーダーを見て取り囲まれつつあるのを確認して接近はせずにミサイルで破壊。
そのまま急旋回しつつ、ブースターを逆噴射させて高速で後退。
回転しながら、自身の背後に立っていたC.Cの上半身と下半身をブレードで泣き別れさせる。
「八!」
 慣性で回転しながらも帝国軍のC.Cが即座に陣形を立て直し、十字砲火を浴びせようとするのを確認。
 ホバー移動のためのスラスター噴射を止めつつ屈むと、自身の正面に立っているC.Cの頭部を掠める様にジャンプ。
 ブレードを振るって機体を急旋回させると、ジャンプの勢いのまま移動しながら足元のC.Cへ銃弾の雨を浴びせ、まとめてコレを撃破する。
「三〇!」
機体が発するアラートで対空ミサイルが向かっている事に気付くと、残弾があるにも関わらず空中でリロードを行い、取り出したマガジンをミサイルの方へ投げてマシンガンでそれを撃ち抜く。
マガジン内の残弾の火薬が爆発すると、周囲の対空ミサイルが巻き込まれて空中で爆発が起きる。
パンサーの機体が爆風に煽られて空中でよろめくと、そこを狙ってC.Cが集中砲火をかける。
「邪魔、だ!」
 パンサーが機体左側のスラスターだけを噴射すると、重心の影響で右腕を軸に回転しながら銃弾を回避して不規則に地上へ落下する。
 しかしただ落下したのではなく、地面へ降りる直前に機体全体のスラスターを細かに噴射して完璧に姿勢を制御した上で着地している。
 そしてそのままホバー移動を開始すると、敵のC.Cを盾にしながら次々に敵機を両断していく。
「三一、三二、三三、……四〇、四じゅう──四一!」
 着地を狙い撃とうとして横に広い陣形を展開していたC.Cは、想定外の立ち直りの速さに対応できずに薙ぎ倒されていくが、うち一機がブレードを抜いてパンサーの斬撃を受け止める。
 コンマ一秒も迷わず、パンサーは右脚を軸にしながらブースターを噴射して回転。
 受け止めたC.Cをブレードごと押し退けるように倒し、マシンガンで止めをさす。
『このっ化け物がぁぁ!』
「ちがう。俺は運び屋だ」
 同時に背後から迫って来たC.Cを右腕の後ろ振りで薙ぎ払い、バラバラになったそれを蹴り飛ばして空中から迫っていたヘリを撃墜する。
 
『き、キメラだ……』
『そうだ。奴を殺すには、同じ怪物になるしかねぇ』
 無茶苦茶な戦いをするパンサーを見て、物陰から出る事ができずに呟くC.C。
 その隣から、一機のC.Cが無線ではなくスピーカーで声を掛ける。
『おっ、お前は──』
「テメエらじゃ無理なんだよ。奴を殺すなんてのはな」
 跳び退きながらマシンガンを向けようとしたC.Cは、照準が定まるよりも早く、コックピットをブレードで貫かれて沈黙する。
 
「これで……いや、数えるだけ、無駄か」
 パンサーは周囲から迫りくる大軍を次々と処理しながら呟く。
 そこへ近付く機体が一つ。
『キマイラ! 新型は具合が良さそうだな⁉』
「お前か」
 マンティコアは、パンサーの目の前へ降り立ち、ブレードを向けた。

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