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とある弁理士の明細書作成風景


はじめに

 特許事務所で仕事をしたことが無い方向けに、特許出願の出願書面を作成する際に、どんな手順で作っているかざっと説明してみます。国内の特許案件を扱う多くの特許事務所で中心となる業務のイメージができると嬉しいです。なお、この記事を読むだけで出願書類を書けるようにはなりませんし、書き方は弁理士の数だけありますので、あくまで私がこのような手順で書いているという紹介です。この方法が正しいと言うつもりも最高であるというつもりもありません。多分、もっと良い方法もあると思いますが、特許事務所での業務のイメージを持って貰う程度には参考になるかと思います。

打ち合わせの準備

 発明者から特許出願を行う発明の内容を伺う前に、依頼者(企業)のことを調べます。依頼者はどんなタイプの企業(団体)で、業界的にどんな位置にいるのか。特許出願の傾向(業界の傾向、技術の傾向、依頼者の傾向等)を見て、今回はどんなスタンスで出願するのか妄想します。
 次に、その出願に関連しそうな技術のお勉強。「特許出願」を行うためには、発明者が考える発明について、どこまでが既存の技術で、どこからが新しい技術であるか、切り分けるのが最初の作業です。つまり、既存の技術が何か分からないと、特許出願の内容を検討することすらできません。
 この作業は、リピートしていただけるほど負荷が軽くなりますので、新しい依頼者からの最初の出願の際には、負荷が重くなります。弊所のように中小企業をメインとすると、様々な技術知識を入れる必要が出てくるため、楽しい反面、やはり、特定の分野の案件のみ扱う場合に比べると負荷が重くなる傾向はあると思います。

打ち合わせ

 発明者から発明の内容を伺うステップです。知財部のある企業が依頼者の場合、「発明提案書」という形で発明の内容がまとめられた資料をいただくことができることが多いようですが、弊所の依頼者の場合は皆無です。多くの場合、「この製品できたんだけど、特許取れない?」とか「良いデータが取れたんだけど、特許取れない?」と現物やデータを見て、特許出願の内容を検討します。
 この際、発明について色々伺うのですが、発明者から特許出願に必要な情報を聞き出すことはなかなか難しいです。知財部(弁理士)が同席していたり、発明者自身が特許出願になれている場合には、相手が話をリードしてくれますが、初めての出願をする依頼者の場合には、特許出願を行うために必要な情報を聞き出すと共に、その発明が特許性を有するかの判断をする必要があり、必要な情報を発明者から上手く引き出すことが最初の山となる部分だと思っています。
 なお、このフェーズでは、コミュニケーション能力が高い人が有利であるとは思いますが、特定の目的に沿って情報を聞き出す能力は、私はトレーニングで身につけられる「技術」であると考えております。

先行文献調査

 打ち合わせで聞いた内容が間違いなく出願可能なものであるかを確認するステップです。知財部のある企業が依頼者の場合、発明提案書に予め記載されていることも多いですが、弊所の依頼者の場合は皆無です。打ち合わせの前にも軽く調べてはありますが、発明者の話を伺って、再度しっかりと調査を行います。弊所の場合、調査報告書を作る場合は有料、報告書が不要の場合は無料で国内特許文献の調査を行っております。
 調査方法について触れると長くなりますので割愛しますが、この調査の質はダイレクトに特許登録率に影響しますので、このステップも大事なステップです。

願書の作成

 以上の準備が終わると、いよいよ出願書類の作成に入ります。私の場合、まずは願書を作成します。願書は決まった形式で作成するので、弊所の場合には、案件番号を選択してフォームを選ぶことで、自動的に作成できるような自作システムを利用しています。多分、過去の願書をコピペして、発明者の名前を書き直すような事務所が多いかと思います。
 定型文だから簡単と思われるかも知れませんが、修正不可能な部分も多いため、自動作成システムを自作するまでは、何度も間違いが無いか確認しておりました。特に通常の出願以外の出願を行う場合、追加事項の記載をミスして不利益になるという「噂」は、いろいろなところで聞きますし。特許出願書類の作成は、最初から最後まで気の抜けない作業です。

特許請求の範囲の作成

 私は、次に「特許請求の範囲」の部分を作成します。この書類は権利範囲を定める部分で、出願書類の命とも言える部分です。後述する明細書や図面から作る方もいるらしいので、順番は好みかと思いますが、私はこの特許請求の範囲の記載に基づいて明細書や図面を作成するタイプです。
 私の場合は、基本的に発明者との打ち合わせの際、ある程度どのような記載とするか想定して打ち合わせをするので、打ち合わせが終わった段階である程度の骨格ができており、先行文献調査で出てきた先行文献と比較・修正してこの書類を作成します。
 その後、一つ一つの表現が今回の発明にふさわしいか吟味していきます。繰り返しになりますが、権利範囲を定める記載になるため、表現の一つ一つ細部に至るまで、慎重に検討します。例え、たった1行の文章であっても、その裏には膨大な検討の結果であり、1行に1時間悩むこともあります。私は、この作業が特許出願書類作成の最大の山だと思っています。

明細書・図面の作成

 私は、次に図面(フローチャート)の部分を作成します。明細書及び図面は、発明の内容を開示する部分で、文章を読んで技術者が発明の内容を理解しやすいような文章を心がけて記載します。発明の内容について、開示する内容が不十分だと特許が認められない原因になりますし、後日拒絶理由が通知された際に補正の根拠となる部分になるため、拒絶理由に対する応答の際に苦労することになります。一方、書きすぎると意味も無く自らの技術情報を開示することになるばかりか、裁判で不利益を受ける場合すらありますので、書きすぎてもいけません。過不足無く、必要十分に発明の内容を説明する技術が求められます。
 特許請求の範囲の記載が特許出願の命と書きましたが、その命を支える部分がこの明細書や図面に該当する部分になります。特に最初のうちは、明細書を記載していく段階で、特許請求の範囲の記載を修正したり、図面を追加したりすることも多いと思います。また、どのような内容を記載するかには事務所毎の多くのノウハウがあり、拒絶理由通知が通知された際に反論しやすいように、一見すると気がつかないかもしれませんが、様々な武器が隠されている奥の深い文章です。一見あまり意味のないような定型文や些細な文末の変化が重要であることも少なくありません。
 私は完全未経験で特許事務所に就職しましたが、同じ日本語を書いているはずなのに、初めて書いた明細書は、比喩ではなく当時の所長に跡形もなく修正されました。多くの日本人が自分は日本語で文章を書けると考えているため、自分の書いた文章が「分かりにくい」とか「説明になってない」と突き返されるのはかなりのストレスらしく、特許事務所からの離職理由の一つと聞きます。この部分を乗り越えられるかは、特許事務所で仕事を続けられるかどうかのポイントの一つのようにも思います。

要約書の作成

 特許出願の際に必要な書類として「要約書」があります。これは、発明の内容を短く説明したものです。私の場合は、実は明細書の一部を引き写したものですが、権利範囲には影響しない部分であることも影響してか、この記載も事務所毎に特徴があったりします。

コメントの作成

 依頼者に出願書類の作成意図を伝えるものです。コメントを作らない事務所も多いと聞きますが、私の場合、どのような意図で記載しているかや、打ち合わせの際との相違点などをコメントとして伝えるようにしています。

終わりに

 ざっと書類作成の流れを記載させていただきましたが、弊所の場合、ここまですんなり流れることの方が少ないぐらいです。例えば、打ち合わせが複数回に及ぶこともありますし、先行技術調査の後に再度打ち合わせをして方針を変更することもあります。場合によっては、最初の打ち合わせから出願まで半年以上かかることもありますので、上手くいった場合のモデルケースです。
 また、弊所では全ての作業を一人で担当しますが、先行技術文献調査等は依頼者自身が行ったり、調査会社にお願いすることもありますし、図面も専門の方に書いて貰う事務所もあるでしょう。確かに、一人で仕事をしている弁理士も多くいますが、特許出願の際には、依頼者と弁理士(場合によっては、調査会社や図面作成担当者等)が協力して、一つの出願を作り上げていくものであると考えております。
 繰り返しになりますが、これは「私のやり方」であって、これが標準でもベストなものでもありません。あくまでも、こんな仕事をしている弁理士もいるんだな、といった事務所での仕事風景の一例とご理解ください。

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