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《嘘の絆》第2話 再会の火花 【小説】


2-1 偶然の酌み交わし

 冷たい夜の風が、篠原武大の頬を撫でる。今日は仕事の打ち合わせが長引き、特に厄介だったクライアントとのやり取りに疲れていた。
 街のネオンがチカチカと彼の瞼に映り込む中、彼の胃は何かアルコールを欲していた。今夜は、家に帰る前に一杯だけ…という気分だ。

 そんな篠原の目に入ったのは、小さなバーの看板【星の語らい】。店名のオリジナリティや、その赤い看板が放つ暖かさに惹かれ、彼は店に足を運ぶことに決めた。

 バーの扉を開けると、心地良いジャズの音色が彼を迎えてくれた。店内は思ったよりも広く、シックなインテリアに囲まれ、客たちはくつろいでいた。

 彼がカウンターに座ろうとした瞬間、奇妙な会話の断片が耳に入ってきた。

「ええ、次の金星の動きに注目して。これがあなたの恋のカギになるわ」

 声の方向に目をやると、一角に特設された小さなテーブルで、ホロスコープの図を指して説明する山田恵子の姿があった。そして、彼女の隣では、お客さんが真剣な顔でその星占いを受けている。

「あの人…まさか」

と、篠原は思わず呟いた。一度は彼女の自分勝手な占いに振り回されたあの恵子が、こんな所で占いをしているとは思いもしなかった。

 恵子は客に占いを終えると、先程の篠原の呟きが耳に入っていたのか、彼の方に目を向けた。口角だけが上がり、にっこりと微笑む彼女だったが、その瞳は冷たく、笑っていなかった。

「あら、偶然ね」

 恵子の声は軽やかだが、その中には深い執念が滲んでいた。

「どうしたの?私の占い、興味ある?」

 篠原は困ったように笑った。

「まさか、こんな場所で君に会うなんてね」

 二人の間には、前回のやり取りの後の微妙な空気が漂っていたが、篠原はそれを振り払うようにバーテンダーにウイスキーを注文する。今夜は思いがけない再会と、これからの展開にどう対応するか、考えながらの一杯となりそうだった。

2-2 真実を暴け!占いVS記事

 篠原が注文したウイスキーが目の前に運ばれてくると、恵子も同じくウイスキーを手にとり、彼に向かって言った。

「ねえ、篠原さん。私は自分の占いの腕に自信があるの。それに、あなたの書いた記事って、ちょっと、いえ、かなり誇張している部分があるでしょ?」

恵子は挑戦的に篠原に迫った。

 篠原は一瞬の沈黙の後、冷静に答えた。

「僕の記事は事実をもとに書いている」

「それなら、ここで勝負をしない?決着は、ここにいるお客さんに決めてもらいましょう」

 恵子はバーの中心にテーブルを用意し、自らのホロスコープ図を広げた。篠原もまた、カバンの中から自身の記事のコピーを取り出してカウンターに並べた。

 恵子が提案した奇妙な勝負が始まり、恵子は一人の客を指名。その男性の星座をもとに、彼のその日の運勢を占った。しかし、その予言はどこか抽象的で、具体的な出来事や感情には触れていなかった。

「うーん、それって誰にでも当て嵌まるようなことだなぁ…。もうちょっと具体的なことはわからないの?」

 男性が恵子に対して、ちょっと酔った声で問いかける。

「そ、そうね…。多分、今日は何か落とし物でも拾ったんじゃ…ない…かしらね」

 恵子はボソボソと自信なさげに口に出す。

「いや、別に何も拾わなかったぞ。財布でも拾ってれば良かったんだけどな」

 男性はつまらなそうに答えた。

「どちらかと言えば、当たらないんだな…。オーラはあるように見えるけど」

 恵子は不機嫌な感情を隠そうともせず、男性に対して

「正確な鑑定結果を出すには、誕生日だけじゃなくて生まれた時間や場所のデータも必要なのよ!」

とちょっと強めの口調で言い、ホロスコープを仕舞った。

 それを面白そうに見ていた篠原は、自分の書いたある芸能人のスキャンダル記事を取り上げ、詳細を読み上げた。記事の内容は衝撃的で、店内の興奮が高まった。

 ところが、ある客が立ち上がった。

「すみません、その記事、先月、ある雑誌にほぼ同じ内容で掲載されてましたよ」

 店内は一気にザワザワしだし、あちこちから失笑が漏れ出した。
 篠原は顔を真っ赤にしながら反論しようとしたが、恵子が彼に意地悪そうな笑みを向けて声をかける

「まさか、他の雑誌に載っている記事をパクって自分の記事を書いているなんてねぇ…。ジャーナリストって楽な仕事なのね」

 篠原は困惑しつつも、

「事実は事実だ。情報の出所は関係ない」

と強がった。

 だが、客たちの中には篠原の記事や言うことに信憑性を疑う声も増えてきた。恵子の占いが具体的でないこと、篠原の記事がオリジナルでないこと。この勝負、どちらが上手く行ったのか、結論は出ない。

 客たちも呆れたように篠原と恵子を一瞥したあと、さっさと元の自分たちの話に戻っていった。

 篠原と恵子の目が合った。その瞬間、バー全体に不意に沈黙が広がった。周りのおしゃべりやグラスの音が遠のいてゆくように感じられた。

 篠原の目には、自らのプライドを傷つけられた激しい怒りと屈辱が宿っていた。一方、恵子の瞳には、冷静さと執念深さが混ざり合っており、笑っているように見えても、その奥底には炎のようでもあり、氷のようにも感じられる憤怒が見えていた。

 二人の目が離れることなく、数秒間見つめ合った。その緊張感は、他の客たちも感じ取っていた。客たちの視線が二人に集まり、一部は困惑の表情を浮かべていた。

 篠原は最後に、冷たく短く

「また会おう」

 とだけ言い、席を立った。恵子は彼の後ろ姿をじっと見つめていたが、何も言葉を返すことはなかった。彼の去った後、恵子は深いため息をつき、疲れたようにバーカウンターにもたれかかった。

 その後、バーの雰囲気は徐々に元通りに戻っていったが、篠原と恵子の間の微妙な緊張感と、その夜の出来事は、長く忘れられないものとなった。

2-3 不確かな関係と新しい可能性

 その夜の出来事以後、篠原と恵子の関係は、再開する前とは少し異なる空気感を持つようになっていた。二人の間には、言葉にしがたい微妙な緊張が漂っていた。その中で篠原は、この緊張感をなんとか打破しようとしていたが、同時に彼の中には新しいアイデアが芽生えていた。

 ある日、篠原は再び、バー【星の語らい】にやってきた。恵子はその日もバーカウンターでホロスコープを広げ、客たちに占いをしていた。篠原は彼女の隣に座り、少し緊張した面持ちで彼女に話しかけた。

「恵子さん…、あの、少し話があるんです。」

 恵子は彼の顔を見上げて言った。

「あら、篠原さん。どうしたの?」

「前回の…あの勝負の後、いろいろ考えることがあったんです」

 彼女は眉をひそめ、少し警戒しながらも「何か?」と聞き返した。

 篠原は軽く深呼吸してから続けた。

「僕たち、プライドを捨てて素直に自分を見れば、お互いに完璧とは言えない部分がある。でも、もしかしたらそれを強みに変えられるかもしれません」

 恵子はちょっと興味が出た表情で聞き返す。

「具体的には?」

 それを聞き、篠原は勢いよく話し始めた。

「僕の情報とあなたの占いを組み合わせて、新しいメディアを作るのはどうでしょうか。例えば、芸能人の未来の動向や裏話、そしてそれをあなたの占いで補完する」

 恵子は思わず目を丸くした。

「あなた、そんなことを考えていたの?」

「はい、まだ思いつきというレベルだけど、もしかしたら面白いことができるかもしれません」

 恵子はしばらく考え込んだ。

「正直、篠原さんと協力するのは少し躊躇しているわ。あなたの記事には疑問を感じているし…、あなたの性格もいまいち信用できないもの」

 篠原は苦笑いした。

「その点は確かに甘かったです。でも、今回は真面目に、そして正直に取り組みたい」

「真面目に、ねぇ…」

 恵子は彼をじっと見つめて考え込んだ。篠原は彼女の返答を待つ間、ドキドキと心臓の鼓動を感じながら彼女を見つめ返していた。

 数分の沈黙の後、恵子は深く息を吸い込んだ。

「条件があるわ」

 篠原は目を輝かせた。

「何でも言ってみてください」

「私の占いを最大限に活用し、真剣に取り組むこと。そして、もし成功したら、その収益を私の店にも少し多めに回してほしいの」

 恵子は篠原に言った。そして睨みつけるように続ける。

「そもそも、どうして私がこの店で占いをしていると思う?あなたの記事が出た後、【愛の恵み占星館】の売上がガタ落ちになったのよ。それで、少しでもそれを補うために、夜はこの店を手伝いながら占いもさせてもらっているというわけ」

 篠原は恵子の言葉を聞き、少し考えた後、すまなそうに笑って

「了解しました。それならば今のあなたの状況には僕にも責任がある。収益についてはきちんと契約して1年毎に更新することとしましょう。」

と返した。

 恵子は彼を見つめて、やや不安そうに呟く。

「ここから私たち、新しいスタートを切るのね」

 篠原は彼女の手を取り、

「僕の情報力とあなたの占いの力があればバッチリですよ。一緒に新しい未来を作りましょう。初年度は、そうだな…。利益ベースで5000万は行くかなぁ…」

と、冗談とも本気ともつかないようなことを言う。

 バーの中は、篠原と恵子の新しいスタートの瞬間を祝福するように、静かに時が流れていった。

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