《嘘の絆》第1話 星の運命はWebにあり 【小説】
1-1 躓く日常
オレンジ色に染まる夕日が、東京の高層ビルの窓を照らしている。その一室には、目の前のPCの画面に向けて深く眉を寄せる篠原武大の姿があった。
彼の視線の先には、新しい記事のアイディアを探してWebを徘徊するブラウザのタブが開かれていた。しかしその中に彼のインスピレーションを刺激するような情報は見当たらない。
「お父ちゃん、夕飯は何がいい?」
妻が隣で夕食の準備をしながら声を掛ける。
篠原は彼女に返事をせずに振り返り、再びPC画面に目を戻した。
「明日の課外授業、あやちゃんの費用、もう渡した?」
妻が再び声をかける。
篠原はため息をついて返事をした。
「まだだよ。後で渡しておく」
妻はそっと頷いた。篠原の収入が減少して以降、娘のあやとの関係はギクシャクしていた。篠原は以前、あやのアルバイト代に手をつけてしまったことがあり、それ以後、二人の関係は冷え切っていた。
一方、繁華街の一角にある占いの店【愛の恵み占星館】。店内には山田恵子が顧客と向かい合って占いをしている姿があった。
とても趣味が良いとは言えない彼女の鮮やかな衣装や派手なメイク、そしてその放つオーラはかつてのバブル時代を彷彿とさせた。
だが、彼女の心の中は、そんな外見とは裏腹に、常に緊張と不安でいっぱいだった。
恵子は、バブルがはじける前、裕福な家庭に生まれ、自分勝手な性格ながらも多くの人々にチヤホヤされて育った。しかし、バブル崩壊とともに、実家の放漫経営が露呈し、実は借金まみれだったことが明らかとなった。その後、両親が相次いで亡くなり、恵子は一人残された。
恵子が生来の自己中心的な性格で周りへの対応を続けるうちに、彼女の周りの人々は次々と彼女を避けるようになった。
失意の中、彼女は自分の持つ占いの知識を生かして独立し、【愛の恵み占星館】を開業したのだった。
ただ、彼女のその性格は彼女のビジネスにも影響を及ぼしていた。
彼女の我が儘な言動や、占い結果をアレンジする癖は、固定の顧客を得ることを難しくしていたのだ。
この日も、占いの途中で不満を口にする客が続出し、多くの顧客が途中で店を出て行ってしまう。
「また客が途中で帰っちゃった…」
夜更け、閉店後の【愛の恵み占星館】。恵子は、収入の少なさと、かつての自分とのギャップを感じて、ため息をつきながら店を後にした。
篠原と恵子。二人の日常は異なるが、同じように生活の中で将来への不安と焦りを感じていた。そして、それぞれの生活の中での課題が、予期せぬ形で二人を繋げることとなる。
1-2 ひょんな出会い
翌朝、篠原は妻に頼まれ、家の近くのスーパーに買い物に出かけることになった。
「ついでにパリパリバーでも買ってくるかな」
リストに書かれた食材を一つ一つカートに入れながら、彼は頭の中で記事のアイディアを巡らせていた。しかし、その頭の中は、記事のアイディアよりも家計の不安や、あやとの関係のことでいっぱいだった。
その後、買い物を終えて帰路につく途中、偶然にも恵子の姿を目にする。彼女は、宣伝のチラシを手に、通行人にその占い店の宣伝をしていた。
篠原は普段、占いには全くと言って良いほど興味がなかったが、恵子の雰囲気が何となく気になったのか、恵子の方へと足を運んでしまう。
「占いですか?」
篠原が声をかけると、恵子は驚いた表情で彼を見上げた。
「そうよ、興味があれば占ってあげるわよ」
と、恵子は自慢げに答える。
篠原は少し迷った末、
「じゃあ、少しだけ占ってもらおうかな」
と言い、恵子の店【愛の恵み占星館】へと足を運ぶことになった。
店内に入ると、恵子は瞬時に自分のプロのスイッチを入れ、客としての篠原に対して真摯に接する。一方の篠原は、最初は半信半疑で聞いていたが、恵子の言葉が篠原の心の中にある不安や焦りにピッタリとハマり、次第に恵子の言葉に耳を傾けるようになった。
占いが終わった後、篠原は恵子に感謝の言葉を伝え、恵子も
「また悩みがあったら、いつでも来てね」
と返答する。
その後、篠原は恵子に占いについての記事を書こうと考え、彼女に取材を申し込むことに。恵子も、これが宣伝になると考えて、喜んでその申し出を受け入れた。
こうして、二人は互いに利害関心を持ちながらも、続けて関わりを深めていくこととなる。
しかし、その関係性が、篠原の家庭や恵子のビジネスにどのような影響を及ぼしていくのか、二人自身もまだ知る由もなかった。
1-3 利害が交錯する
篠原は恵子の店を頻繁に訪れるようになった。彼の目的はもちろん、記事を書くための取材であった。店の中の様子、占いのセッションの進行、そして恵子とのインタビュー。彼は細部にわたって記録を取り、記事を構築していった。
一方、恵子はこの取材をビジネスチャンスとして捉えていた。彼女は篠原に自身の占いスタイルや成功談、そして自らの哲学について熱く語った。篠原も真摯に耳を傾け、彼女の言葉を一つ一つメモに取っていった。
日が経つにつれて、二人の間には信頼関係が築かれていった。篠原は恵子の占いの深さや独自性を興味深く聞き、恵子は篠原のライターとしての熱意やプロフェッショナリズムを高く評価していた。
しかし、それも束の間。篠原のオウンドメディアに記事が公開された日、恵子の店には怒りの声が鳴り響いた。彼女の期待とは裏腹に、記事には彼女の自己中心的な性格や過去のトラブルが詳細に記されていた。顧客からの信頼を失いかねない内容に、彼女は激怒した。
「なぜこんなことを書いたの?」
恵子は怒り心頭で声を震わせながら篠原に詰め寄る。
篠原は冷静に答えた。
「事実だから書いた。ジャーナリストは裏が取れないことは絶対に書かない。それがジャーナリズムというものだ。」
恵子は涙を流しながら、彼を非難した。
「私を裏切った...」
一方、篠原の家庭でも問題が起きていた。彼の妻と娘、あやは普段は全く見ることもないが、たまたま知人から聞いて、篠原の書いた記事を読み、驚愕していた。
篠原が恵子に深入りしていること、そして彼が書いた記事の内容に疑問を感じていた。あやは特に父親の行動に怒り、「もう話さない」と篠原に冷たく言い放った。
家庭内の緊張はピークに達し、篠原は家を出ることになった。彼は一晩、公園のベンチで過ごすこととなり、深く自分の行動を反省する。
篠原と恵子。かつては信頼関係を築いていた二人だったが、それぞれの信念や背景が交錯し、彼らの関係は一気に冷え切ってしまった。
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