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《嘘の絆》第3話 家族の裂け目 【小説】


3-1 家族の疑念

 最近の篠原の帰宅時間は徐々に遅くなっていた。それを特に気にしているのは彼の妻で、篠原と言葉を交わす度に彼の異変を敏感に感じ取っていた。

 ある日の夜、篠原が家に帰ると時計の針は既に深夜0時を回っていた。玄関のドアを静かに開けると、妻の足音が聞こえてくる。

「お父ちゃん、また遅かったのね…。」

 妻の声は微かに震えていた。篠原は言い訳を考えるものの、何も出てこない。

「最近、あなたの帰宅が遅過ぎるわ。何か隠してることでもあるの?」

 篠原はバツ悪そうに返事をする。

「いや…。ただ、ちょっと忙しい時期で…」

 しかし、妻の目はその言葉を信じていないことを示していた。

 次の土曜日の朝、娘・あやはアルバイトの制服を持って出掛ける支度をしていた。あやは最近、カフェでのアルバイトを始めている。

「お父さん、どうしてこんなに忙しいの? お店の人たちが、お父さんのことをあれこれ言ってたけど…」

 あやの声は悲しげだった。篠原は驚き、どういう意味か問いかけた。

「どういうことだ?」

「何か変なWebサイトを作ろうとしてるって、お客さんが言ってた…」

 篠原は心の中で恵子を思い出し、彼らのプロジェクトがもう広まっているのかと少し不安に駆られた。

(そういえば、恵子はまだ決まってもいないことをあちこちに吹聴して回るような性格だったな…)

と、自分のことはすっかり棚に上げて、心の中で舌打ちをする。

 その日、妻は洗濯をしているときに、篠原のジャケットのポケットから小さな手帳と一枚の写真を見つけた。写真には篠原と見知らぬ女性、恵子が写っていた。手帳には、占いの内容やWebサイトの計画が詳細に書かれていた。

 夜、篠原が帰宅すると、妻はすぐに彼を問い詰めた。

「この女の人は誰? 」

 篠原は困った顔をし、

「その…。恵子っていう占い師だ。彼女の占いを活かして、新しいメディアを作ろうと思って…」

 妻の顔は真っ青になり、

「あなたが一体、何を考えてるのかわからないわ。こんな怪しいことに手を出すなんて思ってもみなかった」

 篠原は沈黙した。

 家の中は冷え切った雰囲気に包まれていく。その夜、あやも静かに部屋に閉じこもった。

 篠原は家族に何を説明すれば良いのか、どうすれば彼女たちの信頼を取り戻せるのか、夜通し悩んでいた。

3-2 迫る破局

 篠原家の居間には静寂が包まれていた。篠原はPCの前に座り、恵子と作ったサイト【星のウィスパー】のコンテンツ作成に没頭していた。
 当初の予定通り、芸能人のゴシップと、それについての占い結果をあわせた記事を中心としたサイトだ。「星」は星占いと芸能人の「スター」を表している。我ながら良い命名だと篠原は自負している。
 ゴシップ記事は、殆どが篠原の捏造か、どこかで見た記事の盗作。
 それに対して、恵子がどうとでも解釈できるような占いの結果をつけているような記事だが、篠原はそれを何とか読めるように修正していく。

 向かい側のソファには妻の紗江が座り、対照的に何かに心を奪われるような様子で雑誌を読んでいた。紗江の隣では、あやがスマートフォンを片手にSNSをつまらなそうに眺めていた。

「あや、もう夜遅いからそろそろ寝たら?もう、宿題は終わったの?」

 紗江が心配そうな目で娘を見た。

 あやはスマホの画面をタップした後、顔を上げて言った。

「もう終わったよ。でも、SNSでまたお父さんの記事が拡散されてる。このサイト、マジでバカバカしい…」

 紗江は篠原の方を一瞥し、あやに頷いた。
 そして篠原の顔を見ることもなく彼に向かって

「お父ちゃん、ちゃんとあやのことも考えてる?こんなバカみたいなこと続けて、あやの学校での立場はどうなると思ってるの?」

と言う。

 篠原は、PCの画面から目を離さず、返事をする。

「自分の信念に従ってやってるだけだ。」

 紗江は憤りを感じて立ち上がり、篠原に向かって言う。

「信念って…あなたの信念は家族よりも大切なの?この怪しげなサイトのために私たちを犠牲にするつもり?」

 篠原はようやく目を上げ、紗江を見た。彼の目には迷いも、後悔もなく、ただ一心に信じる光が灯っていた。

「信じるものを持つことが、どれほど大切かを理解できないのか?」

 あやが立ち上がり、間に入った。

「もういい、お母さん。お父さんの言うことなんて、どうでもいい。学校でも、こんなバカげたサイトのことなんて気にしないし、友達も気にしない」

 紗江は涙をこらえながら、あやの手を取った。

「ありがとう、あや。でも、このままじゃダメ。あなたにとっても、私にとっても」

 篠原は顔を伏せた。

「もう少し…待って欲しい」

「待ってる暇なんて無いのよ!!」

 紗江の声が部屋に響いた。

「私たちはこの家を出て行く。あやの未来を、こんな状況で犠牲にはできないの!」

 あやは紗江の手を握り返し、涙をこらえて言った。

「私も、もうこの家にいたくない…」

 篠原は固く目を閉じた。

「分かった。行くなら行ってくれ。」

 紗江は怒りと絶望の中、部屋を出て行った。後に残された篠原は、自分が作り上げた虚構の世界と、現実のギャップに苦しみながら、PCの前に座り続けた。

3-3 仮想の成功、現実の破綻

 篠原が一眠りして目を覚ますと、スマートフォンの通知ランプが点滅しているのに気づいた。不安を覚えながら開いてみると、彼のSNSアカウントへのフォロワーが増え、彼と恵子の作成した【星のウィスパー】が話題になっていたのだ。

 一方、高校生のあやが学校に行くと、友人が駆け寄ってきた。

 友人たちは

「あやのお父さんのサイト、超面白いよ!」

とあやに向かって次々と声をかける。多くの友人たちがそのサイトを楽しんでいるとのこと。しかし、あや自身は父の行動を恥ずかしく感じていた。
 篠原のサイトがきっかけで始まった家族の危機は彼女の心の中で大きな負担となっていた。

 篠原の妻・紗江は、近所のスーパーで買い物をしていると、ある主婦から

「篠原さんのご主人、近所で評判よ。あのサイト、毎日チェックしてるわ」

と声をかけられた。彼女はほほ笑みながら「あら、そうなの?」と答えたが、内心では篠原の行動に対する怒りが募っていた。

 篠原と恵子は、サイトのアクセス数と広告収入を確認して、大喜びしていた。恵子は

「これで、私たちの生活も安泰ね」

と喜び、篠原も

「ようやく軌道に乗った」

と胸を張っていた。

 しかし、SNS上での評判は真っ二つに分かれていた。
 一部の人々は篠原と恵子の作り上げた【星のウィスパー】の記事を真に受け、彼らの情報や今後の予想、占いに真剣に耳を傾けていた。一方、殆どの人々は、彼らの投稿を面白半分で見ており、真実とは程遠い情報や不正確な占いを単なるエンターテイメントとして楽しんでいた。
 記事の内容のバカバカしさと、それを本気で書いているライターと占い師の方を面白がっていたと言ったほうが正確かもしれない。

 ある日、篠原のSNSアカウントに、見知らぬ男性からのメッセージが届く。そのメッセージには

「【星のウィスパー】の情報、全て信じてます。あなたたちが言ってることは、全部正しいと思う」

と書かれていた。篠原はそのメッセージを読んで、自分たちの影響力を改めて実感し、誇らしげに思った。

 一方、篠原の家では、紗江があやとともに大きなダンボール箱を抱えていた。妻はあやに

「お母さんと一緒に新しい場所で新しい生活を始めよう」

と言い、あやもそれに同意した。篠原との生活に疲れ果て、二人は家を出て行く決意を固めていた。

 篠原が家に帰って玄関を開けると、リビングには大量のダンボール箱が積み上げられていた。そして、その中心には妻とあやが立っていた。篠原の妻は

「お父ちゃん、あやと私、家を出るから」

と宣言し、篠原は驚きの表情を浮かべた。

「な、なんで?」

と篠原は言葉を詰まらせた。

 紗江は

「『行くなら行け』って言ったのはお父ちゃんの方だよね?会社でやって行けなくて会社を辞めてライターで独立するっていったときも、あなたの仕事、理解しようと思ってた。でも、こんな怪しいサイトを作って、家族に恥ずかしい思いをさせるなんて許せない。私たちはもう、お父ちゃんと一緒に生活するつもりはない。無理なの」

と言い放った。

 その言葉を後押しするように、

「お父さん、私はお母さんの言ってること、全部分かる。私もお母さんと一緒に新しい場所で新しい生活を始めたい」

とあやが篠原に向かって言う。

 篠原は涙を流して妻とあやに謝罪した。

 しかし、妻とあやはすでに決意を固めており、篠原は家を出て行く二人をただ見送るしかなかった。

「離婚届は後で送るから」

 夜、篠原は一人リビングで思い悩んでいた。彼は【星のウィスパー】が家族を失う原因となったことを悔い、恵子とのコラボを終わらせる決意を固めた。

 しかし、翌朝、篠原はある決断を下す。家族を失った痛みなどすぐに忘れ、【星のウィスパー】をさらに盛り上げることを決意した。

「僕にはもうこれしかないんだ…。どんな手を使ってでも、これを成功させなければ、僕はただ家族に逃げられただけの惨めな男になってしまう。そんなことが許されるはずがない」

 彼らは、炎上商法を駆使して、さらなるフォロワーを増やすことを目指すのだった。

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