コラム:『ティアキン』は「期待」、『FF16』は「保証」。その対照的な「万人向け」へのアプローチ

前回の記事でも書きましたが、今年(2023年)はビデオゲーム大豊作の年です。

日本人にとって大きなトピックといえるのは、『ゼルダの伝説』と『ファイナルファンタジー』という、日本を代表するフランチャイズの新作が、立て続けに発売されたことでしょう。
『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』(以下、ティアキン)は5月12日に、『ファイナルファンタジー16』(以下、FF16)は、6月22日に発売されました。

今回の両作品ですが、これらはともに、シリーズのコアなファン層のみならず、できるだけ多くの人々にリーチすべく作られた、つまり(少々乱暴ですが)「万人向け」を目指した作品といえます。

『ティアキン』は、前作『ブレス オブ ザ ワイルド』によって高まったシリーズへの知名度と評価を磐石にする必要がありましたし、『FF16』は、PS5本体を牽引するキラータイトルとして大きな期待をかけられていました。

ただし、両作の「万人向け」へのアプローチは、大きく異なっています。本記事では、「万人向けを目指したアプローチ」という観点で両作を比較します


『ティアキン』は「期待」、『FF16』は「保証」

本記事では、両作の「万人向け」に対するアプローチを対比させるために、『ティアキン』は「期待」、『FF16』は「保証」というキーワードを使います。

『ティアキン』のアプローチ

『ティアキン』は、いうなれば、普段ゲームをしないような人を含む多数の人々に、自分にもクリアできる「かもしれない」という「期待」を抱かせるアプローチです。

プレイした方ならお分かりだと思うのですが、本作の難易度はかなり高く、ゲームそのものは全く「万人向け」ではありません。普段ゲームを遊ばない人がエンディングまでたどり着くことは、おそらく困難でしょう。

謎解きでは「何をやれば先に進めるか」に対する直接的なヒントは表示されず、周囲の環境をしっかり観察する必要があります。また、「死にゲー」とまではいかないまでも、敵の攻撃は容赦なく、気を抜くとあっという間にゲームオーバーになってしまいます。

しかし、本作の宣伝では、本作のそういった「初心者お断り」な面はうまく隠されています。例えば、坂口健太郎氏と高杉真宙氏が出演する一連のテレビCMで提示される本作のプレイ像は、親しい友人同士で楽しく談笑しつつ、試行錯誤しながら謎解きを進めてゆく姿です。

本作は、海外のみならず日本でも大ヒットし、最初の3日間だけで224万本を売り上げました。日本でこれだけの本数を売り上げたというのは、普段あまりゲームを遊ばない、本来であれば「ティアキン」のプレイヤーになり得ない人々が多く含まれていることを表しています。

このことは、本作の宣伝戦略が功を奏し、多くの人(すなわち万人)に対し「自分も本作を楽しめるかもしれない」という「期待」を抱かせることに成功したと考えられます。

すなわち、『ティアキン』は、ゲームそのものは全く万人向けではないけれど、宣伝という「ゲームの外側」をうまく使うことで、「万人向けである」イメージを作り出している、ということができます。

『FF16』のアプローチ

では、もう一方の『FF16』はというと、ありとあらゆる工夫を駆使して、ゲームを始めた人を一人も振り落とさずにエンディングまで連れてゆく、すなわち、「クリアを保証する」アプローチをとっています。

本作発売と同じタイミングで公開されたインタビューにおいて、プロデューさんの吉田直樹氏とディレクターの髙井浩氏は以下のように語っています。

高井 これだけ娯楽があふれている現代で、ひとつのゲームに多くの時間を使ってもらうことは、想像以上にたいへんなことです。だからこそ、『FF16』は“気持ちよく遊んでもらうこと”に重点を置きました。
(中略)
吉田 プレイに詰まった瞬間、「もう明日でいいかな」になってしまうと思うんです。そして、翌日になにか突発的な出来事があって「今日はゲームするのをやめておこう」となったら、つぎはもうゲームを起動してもらえるかもわかりません。そんな時代なので、詰まる要素は徹底的に排除してもらいました。

リンク先記事より引用

上記を裏付けるように、本作では自動で攻撃や回避を行ってくれる「オート」系のアクセサリが用意されており、ビデオゲーム自体に不慣れな人でも楽しめるよう工夫されています
また、たとえゲームオーバーになっても、回復アイテムが補充された上でリスタートするので、手詰まりになってしまうことがありません。

また、画期的な「アクティブ・タイム・ロア」によって、いつでも進行を一時停止して、専門用語やキーワードの解説を確認することができます。これにより、ストーリーが理解できずプレイヤーが置き去りにされてしまうリスクをかなり下げることに成功しています

このように、本作は、普段ゲームを遊ばない人からハードコアゲーマーに至るまで、あらゆる人が楽しめるように作られた、まさに「万人向けの作品」といえます。

『ティアキン』と『FF16』を比較すると、『ティアキン』がゲームの外側の仕掛けによって「ゲームに不慣れな人でも楽しめるかもしれないという期待」を醸成しているのに対して、『FF16』は、ゲームの内部にさまざまな工夫を施すことで「誰でもクリアできるという保証」を与えています。

「万人に届ける」という目的は同じでも、このように、両作のアプローチは大きく異なっていることがわかります。

まとめ

本記事では、「万人向けへのアプローチの違い」という切り口で、『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム(ティアキン)』と『ファイナルファンタジー 16(FF16)』を比較しました。

『ティアキン』は、ゲームそのものは全く万人向けではないが、多くの人に「自分もクリアまで楽しめるかもしれない」という「期待」を、その巧みな宣伝によって醸成するアプローチと位置付けました。
一方、『FF16』は、ゲーム内部にさまざまな工夫を盛り込むことによって、あらゆる人を取りこぼさずにクリアまで連れてゆく「保証」を与えるアプローチであると整理しました。

互いに大きく異なるアプローチですが、もちろん、両者に優劣はありません。

ただし、個人的には、『FF16』のアプローチは昔ながらの伝統的なもので、『ティアキン』のそれは今の時代に合わせた現代的なものだと感じました。

というのも、『エルデンリング』が日本を含めた全世界で成功を収めたことから分かる通り、現代においては、たとえ高難易度でハードコアな作品であっても、訴求の仕方次第ではゲーマー層以外にも届けることができるからです。

また、据え置き用ゲームがビデオゲームの本流であった時代とは違い、いまはカジュアル向けの本流としてモバイルゲームがあります。
ですから、据え置き用ゲームは、かつてよりも「ハードコア寄り」であることが暗黙のうちに期待されているのかもしれません。

このように、僕自身は、『ティアキン』と『FF16』を比較することは、「万人に受け入れられやすいゲーム」の変化についても考えを巡らせる機会となりました。

さて、とはいえ、『FF16』もすべての要素が万人向けに丸く磨かれているわけではなく、いびつで尖ったところも数多くある作品です。
例えば、2周目以降の「ファイナルファンタジーチャレンジ」でのバトルは、アクションゲームのファンでも存分に楽しめる、緊張感あふれるバランスになっていると思います。

仮に、今後、現在の『FF16』のアプローチでは広い層に訴求しきれない…となった場合には、もしかしたら、そういった本作の尖ったところを前面にアピールした方が、宣伝としては効果的なのかもしれません。

(了)

2023.8.24 Itaru Otomaru


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