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生きた言葉に翻訳する

外資系企業で人材開発の仕事をしてると、本社で作った社内トレーニングのコンテンツを日本語に翻訳する機会が多くなります。
英語のままで行っても良いのでしょうけれど、言葉の壁によって伝わらないようでは行うこと自体が時間の無駄になるので、資料は英語のままでも話すのは日本で行いますし、本当に会社にとって重要な教育やスキルの場合はスライドも配布物も日本語にしています。

数えてはいませんが。多分これまでに数十(さすがに100はないと思いますが、7−80くらい)のコンテンツを日本語にしてきました。
最初のうちは翻訳サービスに出していましたが、
1) 納期がそれなりにかかる
2) 費用が嵩む
3)
コンテンツの背景がわからない人の翻訳なので、的外れな訳が散見する
ので、次第に読みながらその場で訳してゆくようになりました。

今ですと、Google翻訳DeepLのように機械翻訳がかなり賢くなってきていますが、やはりそのまま使えるクオリティにはなりません。読んでいて意味が通らない場合に原文を参照することになるので、翻訳のチェック→原文参照→翻訳の校正という流れになって時間が余計にかかって非効率だなと感じます。

研修やワークショップの場合は、自分がそれを使って説明したりトレーニングをすることになるので、内容の理解の深さがクリティカルになってきます。だから日本語になってから内容を理解するのではなく、まずは原文を読んで内容の把握に努めます。
この仕事に長いからこそコンテンツの背景や意図がわかるので、そこから外部の翻訳に出すと自分の理解とズレている翻訳はすぐに気づきますし、翻訳サービスに出したことでロスした時間とコストを後悔することもままあります。

日本語でも誰かが作った文章というのは理解するのにそれなりの読み解きが必要になると思います。
翻訳する場合はそれが二度、すなわち翻訳した文章の読み解きと原文の読み解きの二度起きる、ということですね。

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私は通訳でも翻訳家でもありませんし、英語もネイティブのように話せる訳ではありませんので、辞書やウェブを活用しながらそれなりに時間をかけて原文コンテンツの読み解きをします。
すると、辞書に書かれている意味で解釈しようとするとすごく不自然な表現になったり返って混乱を招くことになることにちょくちょく行きあたります。さて、これはどうしたものか、となるのです。
口頭で伝える分には、英語のまま伝えた上でその意味の解説をするなどの方法が取れますけれど、スライドや配布物はその後一人歩きしますので誤解を与えるような表現は避けたいところです。
それゆえに、日本語と英語は異なる言語ですので、翻訳するにあたり私が気をつけていることがいくつかあります。

まず、辞書で引いて最初に出てくる言葉はそのまま使いません。一度はめてみて違和感があるようであれば、前後の文脈から別の訳を探します。
辞書には大抵の場合複数の意味が書かれていますので、その中でしっくりくる言葉を探します。

辞書の中のどの言葉もしっくりこない場合は、英単語の語源を調べます。そもそもその言葉の成り立ちは、本来の意味はどのようなところにあるのか、と考えてみます。そうすると自分なりに辞書に載っていない意味を当てることができるようになります。

語源を見てもわからない場合は、ウェブで同様の表現を探します。日本語に訳されているものと出会える場合もありますが、そういうケースは稀で、同じ表現を使われている他の英文を読んで、どのようなコンテキストで使われる言葉であるのかを理解するのです。すると、言葉の「旬」の意味が見えてきたります。

言葉は生きています。辞書に書かれていることは、世の中一般で使われている訳であり、使いこなされ認識されているものが掲載されるので、場合によっては今の時代に当てはめたときに古臭く感じてしまうのです。
辞書に書かれている訳は私にとっては、冷凍食品やフリーズドライの食べもののようであり、旬の素材にならないのでなるべく生きた会話の中から自分が理解しているニュアンスを日本語にするようにしています。

ひとつ例を挙げましょう。
外資でよく使う言葉ではLeverageという動詞が出てきます。
Leverageを辞書でひくと、名詞で「影響力」とか「支配力」とか「テコの作用」とか出てきます。動詞だと「借入金を使った投資」とかなり限定的な意味しか載っていません。
しかし、LeverageはLev・er・ageと分解でき、前半分はLeverつまり「レバー」のことを指しています。するとイメージとしてレバーをグイッと引いて何かを動かす感じが得られます。そこから私の場合は「活用する」という訳を当てるようにしています。辞書にはない訳です。

こんな具合に辞書にはないけれど、そのように訳した方がしっくりくる言葉が見つかると翻訳をしていてとても楽しい気分になります。
この楽しさを覚えると本来は作業に過ぎない翻訳が実に楽しいものになります。それはコンテンツの伝えたいことを深いところで理解できることと同時に、言葉の奥深さを探究する面白さに触れられるからだろうなと思っています。

しっくり来る生きた言葉を見つけることは、単に英語を理解するだけでなく、日本語の深淵さと探究することにもなるのです。言葉に込められた意味の奥深さに触れるとき、きっと同じような言葉が日本語にもあるはずだと、日本語の類語辞典を取り出すこともあります。すると日本語の中に古くからあった美しい言葉に出会えることもあります。

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これまで、自分が携わってきた中で、独自かもしれないなと思った生きた言葉への翻訳例について、いくつかご紹介しましょう。
主観は入りまくりで誤訳とも取れるものもあるでしょうが、そこは笑いながら読んでいただければ嬉しいです。

Performance
人事考課関連のトレーニングでよく出てきます。
Performance Managementというのは人事考課のことであり、場合によっては業績不振の社員にどのように対応するかという少しきな臭い話になってきます。

Company Performanceという文脈では「業績」と訳されるので、それをそのまま個人に持ってくると個人の業績や結果に焦点を当てることを指しているようになってしまいますが、Performanceには例えば大道芸人の路上パフォーマンスという使い方もあるので必ずしも業績だけを指しているわけではないのが本来の意味です。

そこでちょっと頭を使って「能力発揮」と訳す時があります。本人がいくら頑張ってもそれが結果がつながらないことはよくあることです。その時に何を持ってその人の頑張りを認め報いるかという視点からすると、その人がサボらずに持っている力を出し切っているかという見方をすると言う考え方はしっくりくると思います。
Trip/Travel/Journey
Trip、Travel、Journeyは辞書でひくとどれも「旅」とか「旅行」とかが意味として出てきます。しかし、それぞれの意味はかなり違っています。

Tripがよく使われるのはBusiness Tripという文脈で使われ、その場合は「出張」という意味になります。ニュアンスとしてはちょっとした外出ですぐ戻ってくる感じがあるので「お出かけ」がしっくりくる訳だと思います。

TravelはTripよりは長い期間であったり遠くであったりと、気軽に行けるものではなくそれなりに準備をしてから臨む感じですね。Business Travelという言い方もしますが、わかりやすい例はTime Travelでしょうか。Time Tripだと一瞬で戻ってくる感じがありますがTravelにしておくと何箇所か回る感じになります。
本来の「旅」とか「旅行」はこれですね、

そしてJourneyは、どちらかというと目的地のないような旅を指しています。少しスパンが長く、行きつ戻りつしながら旅の目的すらも探してゆくようなもので、いつか目的地も見つかりそこに到達するような感じでしょうか。辞書の上では出てきませんが「冒険」のようなイメージの方がしっくりきます。
具体的には、Hero’s Journeyとは言いますけど、Hero’s TravelとかHero‘s Tripとは言いませんし、そう言われるとすごくショボく大した試練もなさそうです。
Frame/Framing
Business FrameworkとかReframingとか、思考系でもコミュニケーション系でもよく出てくるのがFrameという言葉です。
写真と撮るときの構図をFrameと言いますし、絵画の枠もFrameです。辞書でもそちらの意味がメインで出てきますし一般的には「枠組み」と訳していることが多いでしょう。ただ必ずしも外枠だけではなく構造を表しているときもあります。そこで「立て付け」という言葉を時が私はあります。

一方でFramingは直訳すると「枠にはめる」になりますが、それだと決めつけるようなニュアンスを日本語は持っているため使うのに抵抗があります。Reframingのように柔軟に変えたり変換することも考えると、Framingは「捉え方」と訳すとしっくり来ますし、オリジナルの意味とも繋がってイメージしやすいかなと思っています。
固定した位置で撮影するのではなく、撮る位置や光の具合が構図を変えながら、さまざまな絵を切り取ってゆくような感覚を持てるのではないでしょうか。言葉を変えれば、色々な見方、捉え方があり得る、ということでもありますね。

ピッタリとくる言葉が見つかると嬉しいですし悦にいることもありますが、忘れないようにしたいのは、その訳はその文脈だからこそ使えるものであり、文章が変われば全く使えないことがあり得ることです。

そして、文脈に応じていちいち異なる訳をはめることになるところが面白さでもあります。
自分の中にある思い込みを一旦は横に置き、真っ直ぐに言葉が本来持っている豊かな世界観を感じることができれば、自分自身の思考や視点も大きく広がってゆくのではないでしょうか。

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