営業を因数分解する
営業向けのトレーニングは、私がL&D(Learning and Development = 研修担当)になった時に最初に設計してトレーナーまでやった分野です。
もう20年も前の話ですが、それ以来営業向けトレーニングはなんらかの形で関わり続けてきました。私自身が営業の経験が10年あるのとマーケティングの時に営業活動の近代化をリードしていたことからそれなりの思い入れはあります。
数々の営業向けトレーニングを設計したり、実施したりしましたが、事業担当役員と一緒に設計したトレーニングが最も印象に残っているかもしれません。
その役員の口癖は「営業なんて数学なんだよ」でした。
これは、訪問件数が全てであり、数こなした方が売れるんだという話ではありません。
売り上げが上がるために必要な販売活動の要素を因数分解して考えると言うことです。すなわち、販売活動は精神論で片付けるものではなく、要素分解して考えて必要な打ち手を打って行く科学的な物であると言う意味です。
具体的にはどう言うことなのか見てゆきましょうか。
顧客件数×顧客単価=売り上げ
簡単な考え方からいきましょう。
売上というのは、顧客の数と一顧客あたりの売り上げの掛け算になるはずです。ここはおそらく、どんな商材でも共通していると思います。
至極当たり前のことなのですけれど、より多くの顧客に対して、よりたくさんのものを買ってもらえれば売り上げは上がってゆきます。
顧客数がどんなに多くても、大した金額を買ってくれていなければ売り上げは小さいですし、顧客あたりに売れてる金額がとてつもなく大きければたくさんの顧客がいなくても売り上げは上がるのです。
顧客数と顧客単価、どちらも大切なのですが、営業のトレーニングって実は顧客単価を上げるものの方が圧倒的に多いです。ものを買ってもらうための手法や売り込みの話術みたいなものは全て顧客単価を上げるためのものです。
事業担当役員が私に伝えてくれた「営業は数学である」というのは、この顧客単価を上げるためだけの営業トレーニングに対するアンチテーゼであり、顧客単価を上げるにしてもさまざまな方法があるはずで、それらを漏れなくできるのが真の営業であるという考え方なのです。
その「さまざまな方法」を理解するためには、顧客件数と顧客単価をさらに因数分解する必要があります。
顧客単価をさらに分解する
顧客単価をさらに分解した例が上の数式です。業態やサービスによっては他の解もあるかもしれませんが、まずは上の数式の解説をしておきましょう。
既存顧客の場合は、すでに商品を買って使っていて、リピートをしてくる場合があるでしょう。消耗品の場合は、使ったら買い足すことになるかと思います。
一方で、一回買って使い切りのものの場合は使用数が一回で終わってしまいます。
いずれの場合でも、ここでいう使用数は「たくさん使ってもらう」ために購入してもらうことを指しています。
つまり、別に新しい顧客開拓をしなくても今ある顧客が使用量を増やしてくれたら売り上げは上がってゆくということです。
次に在庫ですが、消耗品の場合、使いたい時に物がないのは顧客にとって不便なので注文をしないでも必要な分の在庫を手元に持っておくことになります。例えばですが、家庭の例で考えてもトイレット・ペーパーというのは常に一巻きしか置いてない家というのは少なく、大抵は何ロールは置いてあるのではないでしょうか。
在庫を増やしてもらうためには、納期に余裕を見てもらうように持ってゆくことです。人気商品であればすぐに入ってこないこともあるので、多めに持っておいた方が良いことを示唆するなどです。
競合がいない場合とかは使える方法ですね。
そして単価です。当たり前ですが値上げすれば売り上げは上がります。
値上げのための理由に納得が得られないと顧客は渋るでしょうし、競合に切り替えられるリスクもあるかもしれません。
しかし、使っている製品の切り替えというものはそれが全く同じ性能だったとしても切り替えのためのコスト(スイッチング・コスト)がかかるものです。スイッチング・コストは切り替えのための手続きであったり、代替品評価のための時間であったりします。そんなものに時間をかけるよりも多少の値上げならば受けたほうがいいと顧客に考えてもらえるような持って行き方をすれば、値上げは不可能ではないのです。
また、製品性能だけが顧客にとっての価値ではありません。信頼できるメーカーと取引することや安定供給、情報提供なども顧客にとっては価値であり、それを失うこともスイッチングコストとしてカウントされます。
そして、忘れてはならないのが新たに製品を買ってもらうこと、ですね。
これは、既存顧客であれば、今使っているものに加えて新しいものを買ってもらうことであり、新規顧客であれば、全く新しい取引を新製品を買うことで始めることです。
営業トレーニングで最も多いのが実はこのパターンです。新たに製品を買ってもらうため売り込み方です。
売り上げを上げるにあたっては、実はこれが最も営業の人にとってはやりやすいと私は思います。値上げしたり在庫を増やしてもらったりというのはそんなに簡単ではないかもしれません。
もちろん、競合が扱ってない魅力的な新製品を売り込むのと競合を使っている顧客から自社の製品に切り替えてもらうのでは難易度は異なるでしょう。しかし、やることは一緒です。顧客のニーズを気づいていないものや情緒的なものも含めて引き出し、それに対する解決策として製品やサービスを提示して買ってもらうことです。
多くの営業トレーニングでは、そのための質問技法や説明話法を教えています。
顧客件数をさらに分解する
顧客件数を増やしてゆくための数式もいろいろなものを考えることができます。マーケティング的なやり方もあるでしょうが、ここでは一人の営業がどのように活動すれば売り上げを増やすことができるかという視点、すなわち販売活動計画をどのように立てるかというところからの数式になっています。
商談可能回数は、与えられた期間の中で何回の商談が可能になるか、です。これは売上目標を達成するための期間で考えても良いですし、週単位、月単位で区切って考えても良いです。
年間の予定ではなく月間での売り上げ目標が立てられているケースが営業の場合多いとおもいますので、一般的には月間でどのくらい商談ができるかということになるかと思います。
ひと昔前は、商談といえば顧客に訪問して行うものでしたが、近年は訪問しなくても、メールや電話、あるいはオンラインミーティングでできるようになったので、商談可能回数は工夫次第でかなり増やせるかと思います。
仮に、全て訪問販売活動だという場合であれば、ここは段取り勝負になってくるかと思います。移動時間には販売活動ができないので、遠くに行かないといけない場合は、その途中の時間をどう使うのかとか比較的近くにある別の顧客を合わせて訪問するように組まなくてはならないでしょう。
いずれにしても、ここは活動そのものの効率をいかに上げて行くかになってきます。
どのくらい活動ができるのかの次に考えるのが、何回の商談で売り上げが上がるのかであり、商談可能回数をこの「成約までに必要な商談数」で割れば、期間内の顧客獲得数が導けます。
成約までに必要な商談数は、顧客単価の数式で出てきたそれぞれの項目の何についての成約を得るのかで変わってきます。すなわち製品の売り込み、値上げ、在庫増加によって変わってくるのです。ものによっては一回で済むものもあるでしょう。
必要な商談数が多いものは、それによってどれだけ顧客単価が上がるのかによっては避けた方が良い場合もあるでしょう。
そして、いかにして商談数を少なくして成約までのサイクルを短くするのかは売り込み方の切れ味に関係してきますので、ここは一般的な営業のトレーニングで改善できる領域でもありますね。
そして肝心になってくるのが、売れるところと商談をしているか、ですね。
これは、自分の担当テリトリーにどれだけの潜在顧客がいるかという総数の中で、実際に買ってくれる顧客の数で割ったものが成功率となります。
言葉を変えると、ターゲットへのヒット率ですね。
潜在顧客数は、マーケティング的な要素が強いです。これは市場調査で得られるようなものであり、規模や業態などのセグメント分析やペルソナ分析などで、これだけの顧客がいるはずという数字が出てくるものであったり、実際に類似商品や競合品を使ってる顧客の数だったりするでしょう。
なので、これは営業が努力して増えるとかいう性質のものではないと思います。
一方のヒット率ですが、こちらは営業にそれを見定める力が求められます。すぐに買ってくれないところに行っても仕方ない一方で、時間をかけて種まきをしてゆく必要がある場合もあるでしょう。
ただ、刈り取りの時期にある見込み客だけは絶対外さないようにしないと、今までの努力が全て無駄になってしまいますので、そこは優先順位一番とするのが普通でしょう。
それ以外の顧客のヒット率をどのように見るかには様々な方法があります。
一言で言えばニーズがある顧客ということになりますが、そこを分解して考えることが必要です。
すなわち、ニーズがない顧客はどこなのかを見出して、潜在顧客の中で優先順位を低くするというのが定石となります。
少し考えて見るだけでも、
1)予算がない顧客
2)最近買い替えたばかりの顧客(競合を使っている)
3)組織が変わったばかりなどで他の活動の優先順位が高い顧客
などが出てきますね。このような顧客への商談は短期的に見れば時間の無駄なので避け、他の潜在顧客への昇段を優先するとともに、見込みがない顧客を手早く見つけ出す情報網を常日頃から整備した方が良いでしょう。
逆にヒット率が高くなるのは、展示会やWebアンケートなどの引き合いをフォローする商談の場合です。当然ですが、ヒット率が高いものは優先順位が高くなりますので、商談の計画を立てる時に考慮すべきでしょう。
このようなヒット率の見極めはいつも正しくできるわけではありませんので、自分自身のヒット率がどのくらいなのかは知っておいた方が精神衛生的にも良いでしょう。100%ヒットするということはあり得ないので、日頃の活動実績から、見込み客に対してどのくらいが取れる物なのかを見込んでおくと、活動計画は立て易いでしょう。
あなたの販売活動を数学的に見直す
このように営業を因数分解してみると、売り上げを上げるレバーは実はたくさんあり、物によってはさらに分解して細かく見ていけることがわかります。
得てして営業の人は魅力的な製品の紹介で売り上げを稼ごうと商談を重ねてゆきますけれど、手詰まりになってきたときに他の方法で売り上げを稼げるようにするのは意味があります。
私も営業10年の経験の中で、製品を売り込むタイプの商談のネタが尽きたり訪問先が尽きたりすることは何度もありました。そんな時は意識的無意識的に数式に出てきた他の項目を使って売り上げを上げていました。
やや極端な事例で、この数式を使った売上のアプローチの違いを見てみましょう。
まず、ある営業の人が置かれた状況をいかに記します。
開拓市場の50%にすでに行き渡っている状態での売り上げ増を求められているわけです。よくある話かと思います。
さて、ここで1,000万の売り上げ増を未開拓顧客からの売上だけでなんとかしようとしてみましょう。ヒット率を半分とすると以下のような式になります。
目標の半分も行かないのでかなり厳しいですね。
目標行くためには、販売数を増やすか、ヒット率を上げるか、商談を半分の時間できるようにするかといった工夫が必要となりますが、どれもハードなものばかりです。
そこで、新規の顧客にアプローチせずに既存の顧客が10%使用量(8ユニット)を増やし、半月分の在庫を積み増して(40ユニット)もらうようにしてみましょう。そのために必要な商談時間を2回(事情説明と交渉)としてみます。8割がそれを受けてくれるとしましょう。
これだと目標まであとちょっとというところまでゆきます。
10%多く使った方が相手にとってのベネフィットが出るのだという合理的な説明や流行を作ることができれば、供給の逼迫を理由に多めに在庫を持ってもらうことは不可能ではなく、こちらの方が新規獲得だけでなんとかしようとするよりも現実的です。
ちょっと極端な例で、実際の営業活動はこれらのバランスの上で成り立っていると思いますし、注力商品を期間限定で拡販しないといけないこともあるでしょう。あくまでも考え方として捉えてもらえればと思います。
売り上げ目標というノルマを如何にして達成するかは、おそらく世の中の営業全てが知恵を絞っているところではないでしょうか。
ひたすら一つのことに集中して体力勝負で頑張るのもやり方かもしれませんが、売り上げを上げるにはどうしたら良いのかをこのように分解して考えてみると、ネタ切れで途方に暮れる前に何か良いアイディアが浮かぶかもしれません。
今回の数式は、あくまでも一つの考え方です。
可能であれば、あなた独自の黄金の方程式を作って、あなたの営業活動に役立ててみるのはどうでしょうか。
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