記事一覧

8月3日(ロートレックの絵について)

ロートレックという初めて知る人の絵を観に行った。 ハンセン病の女性が手を組んで祈っているのがあって、朱で描かれたその指先は切り傷を最後にひと拭いした綿布のぐあい…

itamy
1か月前

8月1日(雨について)

この間もお天気雨があった。 陽ざしと羽虫と湿気がグラデーションをなす夏の中途から、明るく雨がはじまっていた。 降っていると言うよりははじまっていた。 あまりに晴れ…

itamy
1か月前
2

7月21日(夜について)

夜は晩く走るバスの中でまばたきをする。 エンジンがかかる音、それにつれての電灯の揺らぎ、夜はかならず途切れていた。

itamy
1か月前

7月20日(狐の嫁入りについて)

ぼくの近所では、狐の嫁入りのあとにはきまって地面から水蒸気がのぼり立つ。降った雨が白昼に夢のなごりとなって、ごく微かなしゅーという音を伴い辺りをひんやりと白くす…

itamy
1か月前

7月19日(土について)

何かしらの対象への叶えられた憧れは、くり返して叶えられようとするためにその対象にあまく匂い立つ湿りをかさねていく。 季節はじめの土壌は、だから恋人の近影と似てい…

itamy
1か月前

7月18日(蝉について)

蝉の声は記憶よりも常に音高くひびく。 その喧噪に腹まで浸されると、ふといろいろへ手向かう気が浮きあがってきて例えばうみだとか大きな朱塗りの橋なんかが意識されて、…

itamy
1か月前
1

8月3日(ロートレックの絵について)

ロートレックという初めて知る人の絵を観に行った。 ハンセン病の女性が手を組んで祈っているのがあって、朱で描かれたその指先は切り傷を最後にひと拭いした綿布のぐあいにかすれていた。遠くから見た血痕が祈りのあとにとどまっていた。本当の、ひと呼吸ずつの底からの祈りは、つまる言葉とこわばる喉、消えかかる血のにじみを越えて、僕らの前にかたく手を組む。

8月1日(雨について)

この間もお天気雨があった。 陽ざしと羽虫と湿気がグラデーションをなす夏の中途から、明るく雨がはじまっていた。 降っていると言うよりははじまっていた。 あまりに晴れていたので、ああこの辺りがいつも雨が結ぶ箇所なんだなと分かって見つめていると、ちょうどその稜線のふうのはじまりを烏が一羽縫った。烏があんなに美しいのは初めてで、濡鴉という色は古代の人がお天気雨に際して見つけたのだろうと一人納得した。雨がはじまって、終わるのは植え込みにかけられた蜘蛛の巣だった。普段はちょっとした光のニ

7月21日(夜について)

夜は晩く走るバスの中でまばたきをする。 エンジンがかかる音、それにつれての電灯の揺らぎ、夜はかならず途切れていた。

7月20日(狐の嫁入りについて)

ぼくの近所では、狐の嫁入りのあとにはきまって地面から水蒸気がのぼり立つ。降った雨が白昼に夢のなごりとなって、ごく微かなしゅーという音を伴い辺りをひんやりと白くする。あるかなきかの音は狐の花嫁がまとう白無垢のあえかな衣擦れとして水気の尾をひいてゆく。しぜんと地面を踏みしめる確かさが薄れていくその時間、ぼくは狐の嫁入りをそれは密かに祝う。

7月19日(土について)

何かしらの対象への叶えられた憧れは、くり返して叶えられようとするためにその対象にあまく匂い立つ湿りをかさねていく。 季節はじめの土壌は、だから恋人の近影と似ている。

7月18日(蝉について)

蝉の声は記憶よりも常に音高くひびく。 その喧噪に腹まで浸されると、ふといろいろへ手向かう気が浮きあがってきて例えばうみだとか大きな朱塗りの橋なんかが意識されて、たちまち一つの季節をむすんでしまう。