見出し画像

それぞれの潮時 一

実は11月から人を探している。まだイタリアに来たばかりの頃、語学学校で出会った韓国の女の子だ。私より6才くらい下だったろうか。でも会った瞬間お互いに気が合うと感じて、しかも彼女は出会った翌日に手紙を添えチマチョゴリのデザイン入りのかわいいしおりまでくれた。

言葉では表せないけど、好きだったし信頼していて、いつも一緒に過ごしていた。

私はこの時、日本のガイドの資格をイタリア語で取るためにイタリア語を鍛えていて、彼女は修復士になるためにイタリア語の基礎を学んでいた。

イタリアで修復士になる事は難しい。政府が認可した美術学院でコースに通い、試験に通らなければならない。つまり国家資格だ。世界遺産だらけのこの国では需要が多く、お給料もいいので目指す人は多いけど、狭き門だ。彼女は外国人というハンディーがあるので、猛勉強をする必要があった。


お互いに夢を持って、毎日楽しく一緒に勉強をしていた。


でも2カ月経った頃、ふとした事がきっかけで仲違いした。ある日たまたま機嫌が悪かった彼女は、ぶっきらぼうに振る舞った。それで私は距離を置いた。数日後彼女は気まずそうにしていたけど、特に何か言ってくる訳でもなかったので、私も歩み寄ろうとしなかった。

その後、私は同じ学校に残ったけど、彼女は別の街の語学学校へ移る事になっていたので、そのまま別れてしまった。


それから、私は彼女の事をたまに思い出すくらいで、そんなに考えなかった。というか私も頑固で、意地を張っていたのだ。それでもプレゼントされたしおりは捨てなかった。一カ月に一度必ず断捨離をする私だけど、これだけはなぜか処分しなかった。この間整頓した時に捨てたかと思っていたけど、出てきたのだ。


あれから12年。急に彼女に会いたくなった。知り合った瞬間にお互いにビビットきて、笑いのつぼも好きな事も同じ。不器用で負けん気の強さも似ている。もし修復士になるという人生プランを変えてなかったなら、あの子は持ち前の意志の強さで夢を叶えたに違いない。ならイタリアのどこかにいるはず。そして私も残っている。


まず、Facebookを検索したのだが、立派に幽霊アカウントだった。メッセージを送っても既読にならない。


次に文化庁のサイトで検索をかけた。修復士は国家資格のため、文化庁のリストで検索をかける事ができる。

彼女の名前で探したら、出てきた。が、名前だけでは確実でない。他の修復士はマイナンバーとかメールアドレスを載せているのに、彼女はない。あの子本人なら、らしいよ。私と同じ内向的なタイプで連絡先を簡単に公開しない。で、もっと探したら、どうやらミラノの美術院で資格を取ったらしい。

そこで、ミラノにいる知り合いに修復士の知り合いがいたら聞いてもらえないか頼んだ。修復士はイタリア全土に1700人くらいしかいない。知り合いを通じて見つけられるかもしれない。


頼んだ子は私がイタリアに渡る少し前にイタリア関係のイベントで知り合った子で、同じ時期に建築の勉強のためにイタリアに渡った。二つ返事でOKしてくれたし、かなりしっかりした子だったので安心して頼んだが、1週間経っても音沙汰がない。待っているだけなのも嫌なので、自分でも調べていた。

幸い、Facebookに探している子の生年月日があったので、マイナンバーを割り出せた。イタリアでは生年月日と出身地さえ分かれば簡単に割り出せる。次に税務署のサイトで調べたらマイナンバーはアクティブだったので、彼女がイタリアに残っている可能性は高い。そこでミラノ市役所に問い合わせをした。法律的にはペックと呼ばれる高セキュリティーのメールアカウントで自分のマイナンバーを提示してリクエストすれば、個人の住民登録を教えてもらえる。が、個人には教えられないと断られた。ガーン。ミラノの住民課の出張所で発行してもらえと。ペックで駄目なのに、出張所はいいってどういう事よ。違いが分からん。でも向こうがそういうなら仕方ない。っていうか法律的にあんた達がNOっていう権利はないのよ、こんにゃろー。


仕方ないので、ミラノの知り合いに経緯を話して、代わりに住民課に行ってもらえないか頼んだら、彼女はえらく不機嫌だった。(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?