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2020 The.Itackworks reviewed by maiomu

これをあなたが読んでいる頃にはもう2021年になっているのだろうか。はたまたもっと未来なのだろうか。どうも、The.Itackworksの毎オムです。

さてさて、なんだかんだ我々The.Itackworksとnoteは切っても切れない関係だと思うので、年末位noteになにか書こうとおもう。

あまり年末に総括するタイプの人間でもないのだが、今年やったことを振り返るにも、今年は帰省もせず誰とも話さない年末になってしまったので、独り言のつもりで書いていく。

もし読んでくれる方がいたらお付き合いください。

The.itackworks結成

4月位だろうか、私が私物アカウントのTwitterで『オンラインで曲つくりたいなー』のようなことを呟いたのに、鮭とばくんが食いついたのが始まりだった気がする。

"名は体を表す"の如く、彼は魚のように私の釣竿に食いついた。

行動力のある部類の私はすぐに動き出した。

メンバーには必ず棚やんを入れたいと決めた。

彼は何事にも全力で楽しんで乗っかってくれるという謎の信頼があった。

The.Itackworksのテーマ

私の経験上、こういうパターンは

『グループだけ作って何もしない期間が続くと結果何もしないで終わる。』

というのがあったので、とりあえず曲を作ろうとなった。なんでも良いからやってみるのが大事だということで、とりあえず私が作曲したものにあれこれ二人にやってもらうスタイルにした。

作曲といっても、ホントにただ適当にギターでフレーズを作っただけである。それが二人の手によって壮大なものになった。

言わずもがな解っている人が多いとは思うが、曲を殺すも生かすも編曲者の力はとてつもない影響がある。

逆に言えば、編集者によってはその曲が本来のポテンシャル以上のものになる可能性がある。

と、私は思っているし世間一般その認識だと思う。

今回はその『逆にいえば』全振りパターンである。




毎日コラム生活

鮭とばくん就活で曲づくりはできない、ということだったので何かやらないと前項で述べた事態になるのではないか?と思い、コラムでも書かないかと申し出た。

元々昔から私はエッセイや、コラム的な物を読むのは好きで、長くないネットに落ちてるコラムやエッセイは大好物であった。

それと文章を書くのは多分嫌いじゃないというので、やってみたい欲があったのだ。

はじめは、はてなブログにて毎日交代でコラムを書いていた。日に日に文の密度が濃くなっていくメンバー。自分たちの首を自分たちで閉めていた。

そして、プラットフォームをnoteに写し、毎日コラム生活を続行した。

途中鮭とばくん離脱があり、私は二日に一度きつかったら7月くらいにやめる?みたいなことを棚やんに聞いてみたら、『せっかく続けてきたので100日連続目指したい』的な事をたしか言われた。

積み上げたものをぶっ壊すのは勇気がいるものである。

そんなこんな、日に日にコラムも手慣れていき100日連続コラム投稿を達成するのであった。

今見返すと、あのときこんなこと考えてたなーなんてのが感じられ面白い。

ラジオ生活

これも思いつきだが、曲を出すにも誰も我々を知らないのにどうやって見つけるんだ?というのがあったり、音楽作ってるアマチュアの人が忖度抜きに、今後良いものを作れたとして好きです!と言ってもらえるのだろうか?と思っていたので『音楽を作ってる人以外で我々を知ってもらおう』と考えてた。

普通に考えて、忖度抜きでこれは良いと言えるのは俯瞰的に見れる人の方が多いだろう。

音楽作る側の人間は『いいよねー』とは言ってくれても、自分の作品が一番いいと思うだろうし、そう思って皆作っていてほしいという願望的なものがあった。

例えるならM1の出場者が自分達のが一番だと思わずにネタ持ってこないだろう?という感じである。

あくまで評価、心のそこから今この瞬間一番好きなのはThe.Itackworksです!と言えるのは恐らく『外から我々を見れる人』であると思っていたのである。

※もちろん音楽は絶対評価で、比べるものではないのは承知である。

ということで、一旦スプーンでラジオでもやってみないか?と棚やんに相談したところ、即答でokがきた。

彼のフットワークの軽さには助けられてるが心配になる時もある。

丁度、共通の知人もスプーンに興味があるとのことで同時期位に始めた気がする。

毎週水曜日、ただただ2h棚やんと僕が雑談するだけのものだったが何人かはよく聞きにきてくれていた。

物好きだなぁーと思うわけだが、とても喜ばしいことであり感謝を述べたい。

ただ、スプーン自体が『おれの声かっこいいだろ?聞いていけよ!』みたいなスタンスの人が多く、そもそもそこで有名になるには厳しいなと感じ辞めた。

ラジオ生活2(むきむきラジオ)

たしかお盆休み前に、先輩バンド、クラムシティの面々とオンライン飲み会的なことをしたのをきっかけにラジオをすることになった。

結局またラジオをやることになるわけであった。

毎週土曜という時間にやっていて、これにも物好きが聞きに来てくれているという訳でなんて感謝を述べればよいのやら、と思う反面聞きに来てくれているのにつまんねぇことしててはいけなかったな。という反省もあったりする。

音楽活動

鮭とば不在時、地味に裏でデモ的な音楽は棚やんと二人で結構作っていたりした。

また、サウンドハウスの作曲コンテストに応募もした。

これはまず作曲コンテストがあり、そこで優勝した楽曲を次の編曲コンテストの題材として応募者がそれぞれアレンジを施し、その優勝したアレンジのものにボーカルコンテストで歌を入れる。というものだった。

つまり、作曲者→編曲者→ボーカルがすべて別で、皆でいいもの作ろうぜ!という企画である。

棚やんに慣れない作曲をさせた。結構いいものができたと思う。結果だめだったが、、

彼は外堀?的なところから今日を作る事が恐らく多く(ギターリフとか全体のイメージからという意味である)、メロディーから、メロディーだけで曲のよさがわかる物を作るのに慣れていなかったと思われるが、とてもいいものを作ってきた。

これもまたいずれ形にしないといけないと思う。

時間がたつほど熱は冷めるかもしれないが、その時その瞬間、沢山の時間と熱を注ぎ込んで作られた訳でお蔵にするのはもったいないなーと感じている。(手はつけられていないが。。)


落下・落下

そして、サブすく配信コンピ用の曲製作を行う。

これも棚やんと僕がそれぞれ曲を作って、という流れであった。

結果的に僕が作った方を採用となったが、彼の作ったものも良かったのでこれも形にしないといけないと思っている。

僕の作り方として、基本弾き語りで作るので、ただただjust a なんたら進行がいいなーという鮭とばの要望を頭におきつつ、ギターでそのコードをずっとならしながら鼻歌を歌って作った記憶がある。

コード感とメロディーだけ聞くと、とてもしぶめな曲であり、セオリー通りアレンジすると恐らく最終的に形になったものにはならないと思う。

いい意味で裏切ってくれたアレンジを皆ですることができたわけである。

ダンスビートっぽい感じが、とても気持ちよい感じになった。

ベースは私が弾いたのだが、これでもか?というくらいゴリゴリの音色で、なおかつ裏拍で弾いたのが結果的にダンスビート感と何かよくわからない感じがマッチした気がする。

棚やんは楽曲に対して毎回全力で取り組んでくれるので、恐らく沢山の試行錯誤のうえであのギターを入れたに違いない。それが結果として表れているので、語るより聞け!という感じである。

鮭とばくんがバンドサウンドを作らないのがいい意味で裏目にでたのもあり、確実にThe.itackworksでしか作れない楽曲になった。



i am sad 

これは鮭とばくんの企画で、1日で曲を作る企画で作った曲である。

初めてオフラインで作った。

まぁこれはダイジェストでその日の様子をYouTubeにあげているので、動画をみてくださいという感じである。(3部作)

part2,3逆になってるかも。。


road side vol0

9hぶっ通しでのオンラインライブ配信である。

みてくれた人には感謝を述べたい。イカれてるのが素敵です。

こちらも、アーカイブ残っているがおそらくみる人などいないと思われるのでここに貼るのはやめておく。

そして、ここでも配信中裏でリレー方式で編曲をしていき曲を作る。ということをやっていた。


遠方のジングル

僕は配信していたので、予め僕が作曲し、それを皆で編曲する。という流れであった。

一人ずつ手を加えていっていたので、ここでこう言う流れになるのか!とか、こういうアプローチできたか!等個人的に子供が成人して行く過程を見てるようであった。結果とてつもなく良いものができた。

まず、鮭とばくんは言わずもがな良いビートを入れてくれた。正直彼のビートでこの後アレンジを加えていく人のイメージが変わるため、とても重要かつ責任を感じる役目であり、時間制限もあり、精神的に大変だったのがうかがえる。

2番手、杉本選手だが、彼が今回のキーパーソンになるとは当初思いもしなかった。

パーカッションを入れる、といういわゆる見た目にはあまり出ないが隠し味的な感じに思っていたのだが、この隠し味が全体の雰囲気を作る事になった。

サビ前のチャームがとても良い味を出したのと、ラテン楽器で怪しい感じを出したのは『ほぅ!』と言わざるを得ない。

料理と同じで隠し味って大事なのだと思う。

もちろん彼はセンスが良いのだとも思うが、センスなんて物で片付けてはいけないと思う。

長年真剣に曲と向き合い、ドラムを叩いてきた努力や経験がセンスとして表れるのだと思う。これは、他の人にも言える。

センスとは目に見えない長年の経験や努力のうえにある。

ということを忘れてはならない。(と私は思う。)

次に黒木さんだが、黒木さんには個人名義の楽曲でいくつかベースアレンジを頼んでいたのでへんな安心感があった。

勿論予想を裏切る出来のベースを入れてきた。前半の怪しいAメロには憎い感じで音を鳴らし、サビの明るくなる所では4つ打ちに合わせて裏で高い音を鳴らすという、セオリー通りと言えばセオリー通りかもしれないが明暗の付け方の嗅覚と、判断力は今回私が取り上げたい部分である。

この嗅覚と判断力は後から聞いた人はなんとでも言えるが、普通の人は裏をかこうとして曲としてではなく、『ベースフレーズとして』が先行してしまったりすると思う。

楽曲はフレーズの寄せ集めではない。と私はいつも主張しているが、これを実際体現するのは難しいものである。『曲を良くするため』という意識が無意識か、意識してか分からないが感じられるのが個人的に信頼をおける部分でもある。

黒木さんの強みはそこだと思っている。

次は辻氏だが、作詞ってはまるときははまるし、はまらないときはハマらないので精神的にここもキツいだろうなぁ~と思っていた。

勿論詞についてはとてつもなく良いものだった。

どこにいても僕らは集まって何かしたいだけだという当たり前のようで、当たり前に言えない歌詞をぶちこんで来て素敵やなと思った。

あと歌い方が普段と違う感じで新たな一面を見た気がする。

最終走者棚やん。彼はこの一年一緒に音楽を作り上げてきた仲なのでもう語る必要すらない位である。

信頼と安心の棚やんである。

あくまで主観だが、彼はこの一年で『かっこいいフレーズ』をぶちこむのではなく、『楽曲が最高のもになるフレーズ』を入れるように変わっていった気がする。

これは先ほども言ったが、実行するにはとても難しいし、経験しないとできない。理屈だけではない所であると思っている。

アプローチとしては、前半はバッキングの合間を縫うように独特の怪しさをかもし出すギターを入れ、少し明るくなる部分ではコードを歪ませて入れることで明るさを表現してきた。この歪み具合は絶妙だった。

サビのフレーズはキラキラしていて前半とのギャップを生む形で楽曲を良い感じに締め上げた感じがした。

彼は個人的に今一番信頼しているギタープレイヤーである。上手さとかでなく、信頼しているプレイヤーである、(もちろんうまい)


ということで、以下僕が有り合わせで作ったMVを貼るので是非聞いてほしい。とても良い曲なんだ。

きっと皆気に入ってくれるの思う。

そしてあの日、12月29日世の中最強の曲だと思っている。

似たような日はまた過ごしたいけれど、同じ曲は二度と作れないと思う。あの日あの時あの人たちで集まったからできたものである。

ではでは。








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