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【#短編小説】母を否定する手紙

 拝啓、お母さん。

 あなたに手紙を書くのは、はじめてのことではありますが、私は時々、手紙とは感情のためにあるのではないかと思うことがあるのです。


「私の人生にあなたを巻き込んでしまった」

 きっと、あなたは私に対して、本気でそう思っているのでしょう。

 でも、人生に巻き込んだのはお互い様ではないですか?
 たしかに私は、あなたが産まなければ産まれてこなかった生き物ではありますが、あなただって私の人生に巻き込まれてきたでしょう。

 嫌でしたか? 
 つらかったですか? 

 その答えは私にはわかりません。私は親にはなったことがないから、わからないのです。

 あなが、私のことをどれほど心配しているのかを理解できる私では、きっと、ないのだと、そう思うのです。


 たしかに、私にはできないことがたくさんあります。
 目が覚めても身動きとれぬまま何時間も経ってしまうこともありますし、お箸が上手に使えずボロボロとご飯をこぼしてしまう日もあります。
 年齢だけ見れば、私は大人であるにも関わらず、大人らしいことがいろいろとできていないということは、嫌というほど、よくわかっているのです。

 だからあなたは私を見て「私の人生にあなたを巻き込んでしまった」と、後悔しているのではないですか?


 あなたが思っている通り、私の人生には苦しいときがたくさんあります。
 不安だらけで、とうとう、眠ることすら怖くなってしまいました。
 簡単なこともできないって、とても怖いことなのですよ。
 とっても、怖いのです。

 でもね、お母さん。

 時間はすごくかかったけれど、今の私は「私の人生は、随分と素敵な人生ですよ」と強がらずに言えるようになったのです。

 なぜだか、わかりますか。

 それはとても、人に恵まれているからです。
 地べたに這いつくばり前を向くことができない時ですら「前を向きたい」と思える私であれるほど、今の私は人に恵まれているのです。

「私は、一人では生きていけない。そう認めることが勇気であると、認める勇気をもつことができました」

 私は一人では、普通の日々を送ることができません。
 それはあなたもご存じですよねお母さん。
 
 私は、そんな日々の多くの時間を、自殺未遂をしないように気を付けながら生きています。
 もう一度聞いてください。
 自殺未遂をしないよう、生きているのです。
 自殺ではありません。
 未遂を、しないようにしているのです。
 つまり、その先にある自殺とは、幾分かの距離を保ちながら生きているのです。
 今の私は、未遂にすら抗えるほど、生きていたいと願える人生を歩むことができているのです。

 弱い私だけれど、強くなったでしょう?


 私が元気になる日は、いつかわかりません。
 少し元気になってもすぐに崩れてうずくまってしまいますから「私のことは、心配いらないよお母さん」と言うのは、横暴ですらありますよね。

 それに私のほうがあなたより若いですから、あなたより長生きしてしまうかもしれませんから、この世界に私を残していくというのはとても、とても、苦しいことなのかもしれません。

 でも、私はあなたの言葉を否定し続けます。

「私の人生にあなたを巻き込んでしまった」

 あなたが何度そう言おうとも、そんな後悔はする必要がないと、否定し続けます。

 だって。
 私を世界で一番最初に愛してくれたのはあなたでしょう、お母さん。

 どんな時だって、この世界に愛があることを忘れずにいられるのは、あなたが、私を愛し続けてくれているからでしょう。

 それを「巻き込んだ」なんて言うのは、言葉として間違っていますよお母さん。

母を否定する手紙 了


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