【#短編小説】原因の花
カッコウは雛であった頃の記憶を持たぬ鳥なのであろう。もし、仮に、記憶があるのだとしたら、申し訳なくて、申し訳なくて、空など飛べぬであろうから。
「さて、クイズだ。この世で最も残酷な人間とは、どんな人間だろうか。ああ、最もという条件は外そう。話が難しくなる。それなりに残酷であればいい」
「あら、今日は難易度を下げてくれるのね」
「私はソクラテスではないからね」
「哲学者のことソクラテスって言うのやめなよ」
西向きのテラスで黒バラのような女が、リンドウの花のような少女と話していた。
「それで、残酷な人間は思いついたかい?」
「昨日、寝る前にあなたが言っていたわ。純粋さは時として人の居場所を奪う。そこにつながる話かしら?」
「いいや。あれは別の話だ。それに純粋さが奪うのは、他人ではなく自分の居場所だ」
「自分だって人だわ」
自信満々といった顔でそう言い放った淡い唇は、薄紫色で寒々しい。
「まあ、そうだが……」
「つまり、昨日の話はヒントではないのね? 今のクイズとは関係ないのね?」
「ヒントから探そうとするのは、おまえの悪い癖だ」
「だって私、頭が悪いもの」
リンドウのような少女は、風に揺られる花のような顔をした。
「問題を変えようか」
黒バラの女が、リンドウの少女の頭を撫でる。
「変えなくていいの」
風が吹き、少女の頬を乾かす。肌が傷まないようにと、女は頬を伝う涙を指でぬぐい取った。
「まったく、おまえはすぐ泣く」
「泣かないと、壊れてしまうとあなたが言ったわ」
「そうか、言ったかもしれないな」
「断言してほしかったのに」
少女は顔おさえて、わんわんと泣き出した。女は考える。一度の過ちで壊れていく心と、過ちを重ねても壊れない心と、どちらが人間らしいのかと。
「こら、なにをする」
少女が突如走り出し、庭に生えていたスズランの花をむしり女に投げつけたのだ。
「花を、ちぎってしまったわ」
「大丈夫だ、スズランはそのくらいでは枯れはしない」
「私はどうしたらいいの!」
少女は大きな声でそう言って、土を握るとぐっと握りつぶす。土の中で眠っていた甲虫がギチと音を立てて静かに死んだ。
「おまえは……ああ、そうか」
強い風が吹いて、スズランの花が揺れた。女は思い出す、少女がもうこの世にいないことを。
「そうか。そうだったな」
スズランの花は咲き揃い、誰にもむしられていない。テラスにはテーブルがあって、白い椅子が二つある。
「おまえは、私がすぐに来てくれることを望むだろうか。それとも、私が行ったら私のせいだと泣くのだろうか」
なりふり構わず、愛せばよかった。そうすればこのクイズの答えもわかったかもしれないのに。
「おまえは、幾度、幾度、私が悲しむ姿を想像して、幾度、死ぬのをこらえてくれたのだろうか」
また、少女の命日がやってくる。
「相変わらず私は泣くのが下手だな。おまえのようには、泣けない」
部屋に入った黒バラのような女は、随分と長い間磨かれていないであろうくすんだ鏡を見て、自分が少女であった頃を思い出す。そして、もう一度庭に出てスズランの花を摘む。花を煎じて、茶をつくろうと思ったのだ。
おわり
◆2024.2.7
朗読版(VOICEVOX:四国めたん/VOICEVOX:ずんだもん)を公開しました
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