見出し画像

日本語を仮名表記することは、実はとても難しい。

 高橋文樹「アウレリャーノがやってくる」を密林で注文した。
 微妙に岩手である。
 何って主人公が岩手出身の美少年ということになっているのだ。
 主人公は姉と上京し、岩手の日本語を使って暮らしている。
 作品中の岩手日本語の表記は、不完全だがなかなか頑張っている。
 ちゃんとした文法書を読んで勉強したのではなさそうだが、おそらく岩手県民の話者を知っているか、岩手県民に監修してもらっと思われる。
 岩手県民だったはずの若竹千佐子「おらおらで…」より良い。
 もし岩手の日本語を正確に表記しようと思うなら、平仮名・片仮名を使う限り不可能である。
 現在、岩手の日本語を最も正確に表記出来るのは気仙文字だ。
 しかし気仙文字など気仙の人間でもほぼ全員が知らない。
 実は自分も知らない。
 知っているのは早稲田文学に書いていた山浦玄嗣だ。
 気仙文字は山浦が考案したからである。
 あと、広義の気仙地方である唐桑町には唐桑文字がある。
 もちろん誰も使っていない。
 唐桑文字はしばしば雑誌ムーでやら何やらで「日本の古代文字だ!」と面白おかしく取り上げられていたが、実際は江戸時代の歴史捏造ブームのときに彫られたもので、同じく古代文字だとされる阿波文字で書こうとして間違えたと言うのが本当っぽい。
 なんともスットコドッコイな話である。
 しかし気仙文字はそういうものではなく、長年気仙語で創作活動に取り組んでいた山浦が、気仙語の音韻を仮名文字で表記することの限界を打破するため、アルファベットを加工して気仙語の音を表記する発音記号として考案したのだった。
 まぁ何が言いたいかというと、日本語の音韻規則は地方によって多様であり、現在も統一されていない(多分永久に統一されない)ので、平安時代の関西地方の日本語を表記するために作られた平仮名や片仮名では、数多くある各地方の日本語を正確に表すことが不可能だってことだ。
 そのため、小説中に各地方の日本語を話すキャラクターを登場させると、仮名表記をどう工夫すべきかと言う問題が発生する。
 石川啄木はローマ字日記で、宮沢賢治は永訣の朝でこの問題に取り組んだが、納得のいくものにはならなかった。山浦玄嗣は長い創作人生のほとんどを気仙語で取り組んだが、早稲田文学に取り上げられるようになると諦めたようだ。KADOKAWAから出版された「ホルケウ英雄伝」も標準的な日本語で書かれている。
 標準的な日本語の欠陥は明らかだが、かと言って、それ以外の日本語で書くことは、とてもとても難しいのである。


いいなと思ったら応援しよう!