母の姿を写し取った美しい悪魔 800文字ショートショート 93日目
母は特段美人ではないが、男という蛾を引き寄せる天性の殺虫灯だった。
薄緑の瞳を合わせてゆっくり薄い唇から真っ白な歯を覗かせると、男は下手な催眠術にかかった挙動で面白いほど引き寄せられていく。
誘われた光が目前に、というところで我に返っても遅い。死んだほうがマシだと地べたで這いつくばるほど、心を弄ばれて焼き焦がされてしまうのだ。
転がる死骸になりかけの男たちは、心配から駆け寄りのぞき込んだ幼いわたしをよく突き飛ばした。
惨たらしい仕打ちをする母より、無害さの象徴であるわたしの方がよほど忌々しかったらしい。
「お前がいるから」とおかしい飛躍されることばかりであった。
母と説明しているが実際は母という生き物であった期間は短い。
わたしにとっては母に擬態した見知らぬ女と表現した方がしっくりくる。悪魔、と物々しく差別的な呼び名の方がもっとしっくりきた。
もちろん誰にも言ったことなどない。どんな親だろうとも少しでも不満を漏らせば、親不孝と罵られるのをわたしは七歳のときから知っているからだ。
だからいままで心の内で澱をためていた。檻の中でずっと。
母が死んだのは父と離婚してからだ。半年も経たない頃に女は現れ、新たな男とともにわたしの母を殺した。
母のはらわたを喰いあさり、溢れた赤で口を濡らし、残った皮を被った。わたしを呼ぶ。
大好きな声で名前を転がすのが、無性に腹立たしくて切なかった。
「刹那って本当にモテるよねぇ」
カリンが感心を漏らすように息をついた。私は何も言わずに苦笑を浮かべ、流すように下を俯いた。
わたしの顔は母によく似ている。それが怖くてたまらなかった。
悪魔の血筋に似合った道を歩んでいるのではないか。わたしも蛾を殺すだけ殺す殺虫灯なのではないか。
「でも誰とも付き合わないよねぇ。勿体ない」
「……まだ恋愛とかよく分からないから」
未だに誰かの恋心を貪り、死骸を転がしている悪魔になるくらいなら知らない方がマシだ。
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