【いまはもうなき旅の記録】 2. パタヤへ
2007年8月4日(土)
バンコク初夜の混乱を乗り越えた僕は、カオサンロードを朝早くに出て、次の"場所"へ向かっていた。明確な目的地など無い。ただ【幻のビーチに行く】という妄想だけを信じ、無邪気に歩みを進めていた。
そんな生まれたての旅人を狙う捕食者がこの町にはたくさんいる。どこからともなくバイクが現れ、ハイエナのような顔したドライバーが良い場所へ連れていってやると言う。
日本を出る時(少しでも怪しいヤツには絶対ついていかない)と固く決めていたのに、昨夜の空港で即敗北してからは(少しでも怪しかろうが一旦気にしなくていい)マインドにシフトしていた。
だが、その油断がまずかった。
バイクに連れて行かれたのは、路地裏のツアーショップ。ハイエナドライバーが言うに「グッドグッド」なツアーショップ。ギャングの事務所のようなツアーショップ。カウンターでは強面のおじさんが荒々しく札を数えていた。天井の大きな扇風機が回っているが、やけに汗が出る。
「南の島、綺麗なビーチに行きたいんです。例えば、(ガイドブック『タイの秘島・楽園の旅』を見せながら)こんな島…」
夢と希望に満ちた若者の言葉をかき消すように、おじさんは「PATTAYA(パタヤ)」とリアルに即答した。僕は『ロンリープラネット』をめくり、「パタヤ」を調べる。
<パタヤは、長年にわたりセックスツーリズムの街として悪名高い。・・・ここに来るファラン(ヨーロッパ系旅行者)はほとんどが年配男性。女性や家族はきっとつまらないと感じるだろう。治安の面でどうこうというより、これほど女性が相手にされないところはかえって珍しい。>
ちょっとイメージと違うなあ…
僕「パタヤではないようです。もっと美しくて」
おじさん「オンリーパタヤ」
僕「ああ…そうですか。ちなみにおいくら?」
おじさん「to パタヤ 500バーツ」
僕「(書いてあるより数倍)高いですね」
おじさん「サヨナラ!」
間髪入れず別れを切り出された僕は、一切の未練もなく扉を出て、ドライバーに他へ連れて行ってと頼んだ。が、
ドライバー「ノーノー。オンリーヒア、グッドツアー」
グルだった。もはや笑えた。
結局、そこへちょうど白人男性(ファラン)たちがやってきて、彼らもパタヤに行くというので、一転便乗することにした。心細かったんだろう。また、とにかくその時は白人だけを信じていた。
パタヤ行きの小型バンが、バンコク郊外の荒れた道路を走っていく。巨体のファラン4人の間に荷物のように詰め込まれた僕は、売春(疑惑)ツアーに参加していた。
強制的にチェックインさせられたホテルでは、フロントマンがいちいち「ナカタ!ヒデ!」と呼んでくる。そんな栄誉のために、当初予定していた予算の5倍以上も払わされたのか。ちくしょう。高級ホテルのベッドで、必死に何度も残金を数える。明日は安い宿に移ろう。じゃないと資金は底つき1週間で旅が終わってしまう。【幻のビーチ】にはたどり着けない。
夕食時、町の中心部へ行ってみた。PATTAYA Central Festival Centerの前に停まった車のボンネットの上、半裸の女性たちがけたたましいダンスミュージックに合わせて踊っている。大勢のファラン男性が彼女らを取り囲み、笑みを浮かべる。ここは男の天国か地獄か。
当時のメモをそのまま書き写す。
【パタヤは悲しい街だ。
昼は眠り、太陽が沈むと共に、街は踊り始める。
着いた当初はどうしようかと思った。
でもこの街の呼吸が嫌いじゃない。】
【パタヤの女たちは悲しそうである。
人ではなく商品と化している。救える者はきっといない。
手首にいくつも傷跡がある少女がいた。美しい子だった。
ここの女が悲しい。そして彼女たちは強いんだ。
それなのに、SEXを望んでしまう俺は男だ。
(良かった、俺も男なんだ)
店に来た男に買われ、トラックで連れて来られる女。
その生き方を誰が汚いと言えるんだろう。
彼女たちは純粋だ。生きることに、純粋すぎる。】
パタヤの夜が一体どんな様子だったのか記憶は虚ろだが、自分がかなり動揺していたことは文章からわかる。
【この街じゃ、星は見えないな。】
そんなことはなかった。翌日、この町でも星を見ることができたのだ。
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