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らぢおと結婚 ―吾が一錢小說集―

 僕の友達であつた或る娘さんか

ら、一日あるひ僕は手紙を貰つた。その

娘さんといふのは、ついこのあひ

だ或る男と結婚をしたばかりであ

る。はつきりとは分からないが、な

んでもそのひとには、ひそかに思

つてゐる男があつたのださうであ

るが、兩親がどうしてもそこへ

けと命令をしたので、今の男と一

緒になつたといふことである。で、

その手紙はといふと、大体こうで

ある。

   ――――――――――

――あなたは、わたくしを、よく

よくの馬鹿だとお思ひになつて

頂きたいの。何故なら、わたく

しは、こんな馬鹿な結婚をして

しまつたからです。わたくしは

結婚をした次ぎの朝、私の夫が

なんといふ名だつたか忘れてし

まつてゐたほどです。私にとつ

て、そんなに興味のない男を、

どうしてわたくしの兩親は私に

すすめたのか、私にはすこしも

分らないのです。い江、分らない

のではムいません。私にはよく

兩親の氣持は分かつてゐるのです

「好きだとか、愛だとかで、思ふ

やうに結婚ができると思つてゐ

たら大へんな考へちがひだ。今

の世間の結婚といふものは、ま

ごころなどはどうでもいゝのだ

つまり結婚とは一種の調べもの

に過ぎないのだから。――」さう

あなたは仰有つたことがありま

すが、全くそのとほりなのです

わ。私の兩親は、いまの夫のこと

をそれやよくしらべたのです。

そのひとがどれほど財産があつ

てどれほど収入があつて、どう

いふ地位で、どんな生活をして

ゐるかといふやうなつまらない

ことばかりを、實に根氣よく調

べたのです。さうして私の言ふ

ことなどひとことも聽こうとは

しないで、どうしても嫁かなけ

ればならないやうに話をすすめ

てしまつたのです。――、まあ、

こんなことなどを今になつて、

どう言つてみたところで仕方ム

いませんわね。みんな私が馬鹿

なせいよ。

わたくし、今の夫と一緒になつ

てなにを得たとお思ひになつて

! わたくしの大切なものばか

りをどつさりと失つてしまつた

代りに、私はただ、なんとなく

男といふものの生物的な臭ひを

知つただけですの。さうして、

そんなものなぞ、わたしの幸福

にはなんのかはりもないのです

さうさう、こんなことをかくよ

りも、わたくし、もつと口惜し

いことがありますの。それは、

私の髪は丸まげがよく似合ふし

兩親も、お嫁に行つたら、丸ま

げを上手に結ふものですよと、

いくども注意してくださつたし

私も丸まげを好きなものだから

――いい江、決して今の夫のた

めに結ふ丸まげではないのです

――よく丸まげに結ふのです。

すると、夫はへんなひとではム

いませんか、丸まげを大嫌ひな

んですつて。さうして、嫌ひなら

嫌ひではつきり言つてくれれば

いいのに、へんに意地のわるい

ことをするのよ。私の家にラヂ

オ受信機があるのです。それは

ラウドスピーカアのない簡単な

もので、頭へレシイバーをつけ

てきくものなのです。

或る朝のことです。わたくしが

その日も丸まげに結つてゐると

夫はつとめ先へ出かけるまへに

私にこういふのですの。

「今日から、ひるにあるラヂオの

放送のうちで株式相場をみんな

筆記しておいてくれ」と。

私はまたあのレシイバーといふ

ものを大嫌ひなのです。それを

よく知つてゐ乍ら、夫は私にそ

んなことを言ひつけるのです。

 これだけ書けばあなたには何

もかもお分りのことでせうね。

夫は私に丸まげを結はせないた

めに、そんな策略を考へだした

のです。レシイバーと丸まげと

は仇敵のやうなものですから・・

・・わたくし、ばかばかしくてこ

れ以上書く氣にはなれませんの

ラヂオと結婚―これが人生にあ

るだけでも、私はあなたの厭世

觀に十分同感できるものです。

・・・・・・・・云々。(終)

      ―十五年六月稿―

(越後タイムス 大正十五年六月二十日 第七百五十八號 四面より)

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