昨日は失礼しました。ひさしぶりにお母さまにお会ひして、大へん嬉しく思ひました。一時四十分の汽車で葛飾草舎を訪ねましたところ、彼はどうも
神経がへんで、僕ときたら、あひかはらずのメランコリヤなので、彼は厭生的ひとりごとをいふし、僕は、蚊のやうなこゑで、あなたがたの詩と、得意の秋刀𩵋をくりかへしてうたって、靑葉の午後をくらしました。夜十一時ごろ、いちめんの蛙のすごいこゑのむらがりに、みぶるいし乍ら、淋しい田舎路をあるきました。神経がへんで、へんで、それに月が出てゐましたのでね。とうとう、折角なほしていたゞいた目覚し時計をを忘れてしまって、母に大へん叱られました。あなたにも申訳が厶いません。どうも僕は、大へんな情熱家なものですから。あ、佐藤春夫の「時計のいたづら」といふのがありましたね。今日のタイムスの、S・M君の「暁望の門出へ」樋渡君の
「山窓漫語」この二つの名文をおくられて、どうもうれしくて、むづむづしますね。僕もタイムスでは一等俳優といふところですね。ツトムさん、野瀬君はあなたの「大がらす」を切抜帖にはりつけてゐました。ぼくはうれしい
。大へんほめてゐたので。ツト君ばんざい!メランコリヤにかゝってゐる僕のバンザイはいのちがけです。
[消印]14.6.1 (大正14年)
[宛先]芝区 神谷町 九 光明寺 境内
品川 力 様
きくち・よしを・
(日本近代文学館 蔵)
※菊池兄へ/宮 川 生
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