見出し画像

品川 力 氏宛書簡 その四十八

啓 御無沙汰して居ります。皆さん御元氣の
御様子で何よりです。本日は「海風」御送り
下さいまして、久振りで、貴君の譯詩と陽子さん
の詩を拝見しました。昔のことを偲び感慨無量
の心持です。折角御精進を祈ります。
  ―――――――――――――
一、双雅房發行 花柳章太郎 「紅皿かけ皿」
一、龍星閣發行 富安風生 「草魚集」
一、  "     水原秋櫻子 「定型俳句陣」

右古本がありましたらお知らせ下さい。是非欲しい
と思ひます。
                   草々



[消印]15.10.10 (昭和15年)
[宛先]本郷区本郷六丁目 二十三
    品川 力 様


[差出人] 十月九日
      大森区馬込町東二ノ一ノ一五一
            菊池 与志夫


                       (日本近代文学館 蔵)


※「菊池與志夫→品川力氏 宛 書簡」はこれで終了です。
※本文中、ツトムさんが「海風」のどの号をお送りいただいたのかはわかりません が、「海風」六号以降の品川力さん訳詩と品川陽子さんの詩をご紹介します。

墓 碑 銘
               品 川 陽 子
ふたゝびは
つゞけられることのない
すなほな物語り
日をふるまゝに
こゝろをさそふ
調べにもにて

そ の 日

その日あなたはさざなみのやうに
あたゝかく笑ひ
いつか私のこゝろも
ゆられながら
あなたの笑ひのなかに
小笹のやうに明るく漂ふ
あゝその日
風がのせて來た
季節の花束をいち早く
とらへたのはあなた

ア ナ ベ ル リ イ      E・A ポ オ
                                       品 川  力

とほき昔のことなりき
海のほとりの王國に
アナベルリイと呼ばれたる
ひとりの乙女住みにけり
乙女はわれを戀したひ
たゞひたすらに愛される
その思ひのみ暮しつゝ

彼女もわれもいとけなく
海のほとりの王國に
戀にも優る愛をもて結ばれたれば
翼ある大空の
天使も二人が仲を羨みぬ

かくてはるけき海のほとりの王國に
ある日冷き風の吹き起こり
わがアナベルリイをばむしばみぬ
されば高貴の緣者等つどひて
乙女をわれより奪ひとり
墳墓にふかく閉ぢこめぬ

われらが深き愛の雫だに
その身に惠まれざる天使等は
二人が仲を嫉みて「この人々に
知られたる海のほとりの王國に」
ある夜つめたき風を吹き起こし
寒氣に冷えたアナベルリイ
彼女は遂にみまかりぬ

されど二人の强き愛情は
われらより年たけし人々や
賢い人の愛よりも
はるかに優るものなれば
天つ國なる天使らも
海原ふかくすむ魔神らも
美しきアナベルリイのみたまより
などこの魂を引き離し得ん

月の輝やくたびごとに
この身はアナベルリイの夢をみる
星のきらめくたびごとに
にほやかなアナベルリイのを想ふ
かくてぞわれは夜もすがら
いとしい乙女の傍で
わが生命いのちなる花嫁の
海のほとりの彼女が
墓を見まもりて


ユ ウ ラ リ イ の 唄      E・A ポ オ

ひとり歎きて世界に在れば
わが魂はよどめる潮なり
かのしとやかにして美しき
ユウラリイのわが新妻となる迄は
黃金こがねなす髪のうら若きユーラリイの
ほゝゑみて
わが新妻となるまでは

あゝ 夜空に
またゝくかの星の
きららかに輝ける乙女の
ひとみにも似て
煙霧は眞珠と紫の
はては月の色なす雲さへも
なほつゝしみ深き
わがユーラリイに及びもつかず
つぶらにも輝ける眼のユーラリイ
そのつくろはぬ巻毛には
たとふるものもありぬべき

かくて今ぞわれに疑ひ苦むことの
再びかへることもなく
彼女はわれにあこがれを
そらには女神の光をば
强くひねもす輝かし
かくしてわがいとしきユウラリイ
その主婦らしきひとみをかゞやかせ
かくてぞやさしきユウラリイ
すみれの如き眼をかゞやかし

「海風」5巻1号(6号)昭和14年9月発行より




こほろぎに寄せて歌へる
                  品 川 陽 子
うら枯れの
草の葉末にも
いまはすがらむ
夜もすがら
二つのいのち
あやうくも
さゝへかねたる
うたにしあれば

ばらをつむなら春にこそ

越えがたい柵を越えて
やうやう手にしたときは
つひぞ匂ひのない
ばらだつた

よしや花の季節はすぎたとて
ばらよばら
莿のあるとは知らなんだ

詩  作

ひと靜もりて
今宵こゝろの奥の
冴ゆる小徑ぞ靜かなれ
いつかおぼえし
このたのしさの
誰れありて知る人もなき
想ひの苑に
われのみの小徑を
みいでつるこそうれしけれ

「海風」6巻3号(昭和15年12月号) より



   妹のために
碑    銘
品 川 陽 子

散りやすい花の
わけてもその
匂ひを昂めて咲くやうに

日は移り
風景けしきはめぐるとも

この身のほとり
なほあざやかに
ただよふは
匂ひにたはむ風のむれか


小  曲

ことば
ふとも風にとられ
ほゝあからめるみる
君のたよりなき

こゝろ
ついに今日もとゞかず
目にはしむ
草いきれのなかを

あゝいづくにか
風よ風
わが日毎の
おもひを乗せて

花に寄せて人に

ことばよりほかに
こゝろを告げるすべのない
むなしさを

淋しからずや
明日をも約さぬ
花に代へるてふ

「海風」7巻1号(春季号 昭和16年4月発行より)

                       柏崎市立博物館所蔵





#品川力 #越後タイムス #大正時代 #エンタイア #エンタイヤ
#書簡  #日本近代文学館 #ペリカン書房  #花柳章太郎 #富安風生
#水原秋櫻子 #双雅房 #龍星閣 #品川陽子 #品川約百 #海風
#詩 #訳詩


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?