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越後の民謡

    ◆

⦿葉月様。このあひだのタイムスを

讀むと、四月日本靑年館で開催され

る郷土舞踊と民謡大會に、柏崎から

「おけさ」を推薦したといふことを

あなたが書いて居られますが。大へ

んいいことだと思ひます。昨秋、私

は第一回のときも行つてみましたが

越後追分には失望した一人です。

⦿あなたの仰有るとほり越中の「麥

屋踊」や佐賀の「面浮立」(あなたは

埼玉の「面浮立」とお書きのやうでし

たが、埼玉ではありません。九州の

佐賀のものです。こういふ思ひちが

ひはよくあることで、私も舊臘「續

歳晩私記」のなかで、堆朱を朱木と書

いたやうに覺江て居ます)とは比べ

ものになりません。やや卑俗なとこ

ろのある「江州音頭」にさへ劣つて居

ました。

⦿私だけの考へでは、郷土舞踊や民

謡を近代的洋風建築の小さな舞臺で

やるのは無理ではないかと思ふので

す。日本靑年館の舞臺や觀席は帝國

劇塲などと同じく西洋の様式でつく

られたものです。さういふところで、

たとへば柏崎の海邊でやる三階節踊

のやうな郷土藝術を演じるのですか

ら、見るひとも、見せるひとも、ど

うも感じがうまくゆかないのは當然

です。

⦿そこで私は考へるのです。それは。

まづ出來得るだけ工風をこらして、

舞臺にその地方の氣分を漂はせたら

どうかと思ふのです。すこし金がか

かることでせうが、その郷土特有の

情緒とか氣分とか風物とかを感じさ

せるやうに、舞臺裝置をしたらどう

かと思ふのです。舞臺照明の設備も

あることと思ひますから、すこし才

能のあるひとがやれば、さう六づか

しいことではないと思ふのです。た

だ、これは營利的ではないし、短時日

のものですから、費用の點でどうか

しらとも思ひますが、その地方の金

持諸君にたのめばまさか嫌だとも言

ふひとはないでせう。自分の郷土を

愛するひとなら――

⦿話は別ですが、去年私がみに行つ

たとき、番外として尺八本曲「虚空

鈴慕」をききましたが、大へんいい

と思ひました。

⦿とに角、日本靑年館ができて、い

ろいろな地方の郷土藝術が、まじめ

に素朴に、われわれ都會生活者に紹

介されることはありがたく思ひます

この四月には是非「柏崎おけさ」が採

用になることを私は祈つて居ます。

甚だ稚拙なことを書いたやつですが

私は田舎者で、郷土的なものを愛す

るものですから、思ひついただけを

書いてみたのです。

⦿なんとなく春の氣分です。野瀬の

住んでゐるへんは、もう路傍に草花

が咲いてゐるさうです。

    (二月十四日。菊池與志夫)


(越後タイムス 大正十五年二月廿一日 
     第七百四十一號 五面より)


※見出しの写真は柏崎、最上屋の三階節最中。(皮に黒ごまがねりこまれていておいしいです。)



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         ソフィアセンター 柏崎市立図書館 所蔵

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