「関わったら負け」ゲーム
人間は、良くも悪くも学ぶ生き物です。
こんな動画をみると、「中国は、なんてヒドイ国なんだ!」と思うかもしれません。
走っていたバイクが滑ってしまい、転倒した運転手が苦しそうにしています。しかし、誰一人助けに行きません。その場にいた男性も、何ひとつ反応を示さず、しばらくすると何事もなかったかのように走り去っていきます。
トンデモないことです。
しかし、これにはちゃんとした理由があります。
中国では、人を助けてしまうと、逆に被害者から訴えられ、加害者にされるという事件が相次いでいたのです。人を助けたはずでも、その人と関わってしまうことで、トンデモない目に遭ってしまうということを、中国の人々は学習していると言えるでしょう。
「いや、それでも助けに行くべきだ!」
そんな立派な人もいるかもしれません。もちろん、そんな正義のかたちを否定するわけにはいかないです。
でも、こんな社会になってしまうと、何が正しいかなんてことは、ある意味、どうでもよくなってしまいます。
ちょっと話は変わりますが、私が個人的に大好きなかまいたちのコントがあります(この動画は、そのコントをネタに作られています)。善意でクラスメイトをかばっただけなのに、それがトンデモない方向に転がり落ちていきます。
これをみていると、日本政府がさんざん援助してきたにもかかわらず、その恩を仇で返してくるような中国共産党のやり口を想起してしまうのは、私だけではないのではないでしょう。そして、つくづく思うのは、こういう人たちとは関わってはいけないということです。
たとえ善意をもって、何かをしてあげようと思っていたとしても、それを利用されて、トンデモないことに巻き込まれる可能性があるわけですから、とにかく関わらないようにするというのが、最善の道になります。
非常に残念なことではあります。けれども、こんなとち狂った世の中になってしまった以上、「関わったら負け」は真剣に考えるべきです。
「すべての関係を切れ」、「何にも関わるな」とは言いません。冒頭、申し述べた通り、人間は学ぶ生き物です。「あー、この人はマズイな」とか、「この仕組みはおかしいな」ということがあったら、あまり関わらない方がいいということです。
そして、そう思いながら周りを見渡してみると、結構、そんな人や仕組みだらけになっていないでしょうか?
注射の件、もう詳しくは述べるつもりはありませんが、例えば、ファイザー製ワクチンの特例承認報告書には、安全性に関する項目のなかで、こんなことが書かれています。
「特例承認されているのだから、このワクチンは治験中ではない」という人たちがいます。特例承認されているのだから、たしかにそういう言い方はできます。
しかし、その特例承認をする時点で、「長期の十分な安全性データは得られていない」と言っているわけですから、現在も実験中であることを認めなければなりません。
治験?実験?
そんな言葉遊びはどうでもいいことです。どちらにしても、長期的な意味での安全性は確認されていないということです。
モデルナ製ワクチンの特例承認報告書は、もっとヒドイです。
うーーーーい、正気かーーーい????
ここまで黒塗りOKなら、もう何でもござれです。こんな怪しいモノを薦めてくるのも信じられないし、受け入れちゃう人たちもワケが分かりません。
いずれにしても、こんなヤバいモノをゴリ押ししてきた政府やメディアは完全にアウトです。そして、こんな正当性がない仕組みは、いずれなくなります。
私たちは、こんなものがあるのが当たり前だと考える必要はありません。
近代国家という意味では、高々、200年にもならない歴史が浅いものです。「日本」という枠組みにしたって、長い人類史を考えたら、そんなに長いとも言えません。私たちがこだわり続けるものでもないでしょう。大したものではありません。
だからこその「関わったら負け」・・・大事だと思うのです。