人間にとって科学とは何か

もう数年前だが、村上陽一郎先生の話を聞く機会があった。テーマは、「現代社会における生と死」

<簡単なサマリ>
野生動物には「老い」がない
・動物にも老いはあるが、力を失ってなお生きることは許されない
・死ねずに生きて老害をさらすのは人間
・文明が高度になるにつれ、疾病の構造が変化してきた
 消化器系感染症
 呼吸器系感染症
 生活習慣病
 悪性腫瘍、精神性疾患、自殺
・21世紀、安楽死が認められてきた
・自殺願望者の支援団体もある(DIGNITAS)
・オブジーボ、高額であり健康保険が破たんする、、ではやめるか!?
・経済は人の命に関わっている
・一旦はじめた医療行為はやめにくい

講演後の参加者との議論のほとんどは、終末期医療における社会構造的なジレンマについてだった。科学技術が発展し、経済もその恩恵を受け、医療にまで絡んできた。だが、村上先生の言いたいことはそれにとどまらないだろう。

議論の冒頭で、ファシリテーションをされていた西田治子さんが「昔は死が近かった」と言ったが、それは同感。歴史小説などを読むとよくわかる。現在は死が遠くなったということなのだが、この発言は、現在を生きる我々が生きる目的を見失いがちだということを含んでいるようにも思う。しかし、昔は皆が目的をしっかり持っていたともいえないのではないだろうか。その社会構造のなかで生きていたにすぎないとも思える。

ハイデガーも、死に直面することにより、自分が何者かを問うことになると言う。その意味で死が近かった昔は、結果的に社会全体として自分が何者かを問う機会に恵まれたということなのだろう。
確かに我々は常に生死が分かれる局面にいるわけではないし、昔に比べれば現在は人生が間延びしたかのような状態ではある。しかし、だからこそ人間が発展してきたのだろう。人生が間延びすることによって人間が得た時間は、考えること、創ることに費やされてきたのだ。そして人間は、時間の中にいることの意味を考えるようになった。
そして医療が発達した現在は、簡単には死ねなくなっている。経済力があればさらに死ぬことを先延ばしすることも可能だ。これが何を意味するのかと言えば、経済のみならず倫理もそこにあるということだ。だから村上先生が言うように医療と経済が密接に関係し問題となる。

人生の中で我々が得られる時間が伸びてきたことによって、それまではなかった倫理的な問題が生まれることになった。時間と倫理はどのような関連があるのだろうか。

医療が発達すればするほど、専門性が進み、細分化が進む。こうして物事が分断されてゆくのは医療に限ったことではない。すべてのものが時間ある限り細分化される。そしてあたかもそれだけで成立しているかのような錯覚に陥る。医療そのものを含め、科学や技術は静的なものと言える。静的であるからとことん分析することができる。一方で問題が生まれる土壌、背景、社会は動的なものと言える。こちらは全体、つまり関係性で捉えるしかないのではないか。倫理はその社会のなかで醸成される。動的な背景を持っているということだ。しかし、誰しも他者には自分と同じ倫理観を持つことを期待する。個人からみると倫理は静的なものなのかもしれない。

医療が発達し、経済と生命が密接となった今、どう考えるのか。
無目的的でない人間となるには、社会主義よりも資本主義のほうがよいだろう。資本主義社会では競争がうまれ、リスクも発生する。目的を持ちやすい社会構造と言える。完璧ではないが。しかし、資本主義の社会でも感覚的には無目的的な人たちが多い気がする。なぜか。社会全体がに豊かになるほど、無目的的となるように思う。多くの社会人がサラリーマンであり、毎月ほぼ同額の収入を得る。つまり現在は、現状を維持できれば財務的なリスクが少ない社会構造と言える。これは昔にはなかったことかもしれない。収入を得ようとする行為が直接生死にかかわることではなくなっているのだ。
社会が分断され無目的的になるということは、責任も分解されるということか。一度に背負うものが小さいのだろう。
時間が伸びると、そこにあるものは薄められる。分解されるから隠れていた問題が見えてくる。そこにあった意味すら分解され、何を意味するかわからなくなる。

医療や科学技術が発展したから、時間が伸びてきたのだ。科学技術は何のためにあるのか、部分ではなく全体で考えねばならない。そうすることによって科学技術と倫理が融合されるように思う。無目的的ではない人生であるために、我々が得た時間をどのように解釈し過ごすべきなのか。ハイデガーの言うように、死を意識しながら生き続けることは難しいとも思う。しかし、今を精一杯生きることはできるのではないか。時間が途切れることはない。過去からの連なりを未来へと繋ぐために今を精一杯生きよう。自分と周囲の関係性には何らかの意味があるはずだ。意味を繋ぎたい。而今。

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