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冬の歌

凍てつくように寒い。

陽射しの下でさえ、空気は冷え冷えとしている。ほとんど葉を落とした白い枝が、乾いた空に伸びる。指先は冷え切っていて、少し走ったくらいでは暖まらない。それでも、いつものコースを一周りすると、ようやく心肺に感覚が戻るような気がする。

もっともここは東京だ。これくらいの寒さでうろたえてはいけないのかも知れない。今東京は4℃ある。京都は−1℃。一関は−2℃、厚岸は−3℃で夜には−14℃まで下がる。雪のあるところはどんなにか寒いだろう。関東の冬は概ね晴れる。この街はあたたかな方なのだ。そしてこんな日は、暮れ時の空がたまらなく美しい。


視覚は、何をもってリカバリーするのか。
目に入れたくないものを見ることも多くなり、反動のようにブルーライトを浴びることもやめられない。疲れた目は、まっさらなものを欲している。だから夕刻には、決まって空を眺める。


小さな自分の姿も、あのひとも、なにもかも心から消し去って、ただ移ろうグラデーションに目をゆだねる。
たなびく雲に後光が射し、朱く燃える。華やいだ寒色と暖色がせめぎあい、やがて静かにその明度を下げていく。ビルの灯りが震え始める。

運のいい時には、鳥が舞う。
ねぐらへ還る鳥たちの群れが、リボンになりスカーフになり花びらになって、遠く空を上下する。飛ぶよろこび。仲間とともにある温み。やがて海驢になり鯨になりゆったりと空を旋回すると、ビルの向こうへ消えてゆく。


おやすみ、また明日。

そこからはさっと夜がやってくる。私は急いで帰らなくてはならない。

鳥たちが奏でる、無言の冬の歌。ひとりごとのように心肺で再生し、ドアを出る。




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