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3.イヌの走り方 頭の活用と項靭帯

イヌ最速とされるグレイハウンドの走りから学んでみます。前回(チーターの走り方 同時伸展を見て取る)取り上げたチーターも収録されている動画なので、比較してわかりやすいと思います。

頭の突っ込み

よくわかると思いますが、グレイハウンドは頭を前に突っ込むことで体を牽引しております。こうした運動構造はチーターなどのネコ科動物にはないものです。この頭の突っ込みによって、後肢にかかる負荷が軽減されるので持久力が増します。しかし加重による後肢への溜めがなくなるので後肢瞬発力は劣ってしまいます。

グレイハウンドの頭の突っ込み、上記動画より

狩猟者としてどちらが優位なのかは難しいところですが、イヌはこうした運動構造を選んだグループであり、ネコ科を含む食肉目の中で、唯一この運動構造を選んだグループです。

こうした頭を突っ込む運動構造は、有蹄類全般に見られるもので、直感的にわかる代表はウマだと思います。ウマをはじめ多くの有蹄類は長く太い首を持ち、前に倒すことで走力に加算します。これはひとつの運動構造がそこの部分の強度と働きを増し、長く太い首への「形態変化という進化」を牽引してきた証左になると思います。

余談ですが、動物学でも生物学でもそうなのですが、二足歩行のような運動構造が形態変化をもたらすことは暗に了解していても、「ウマの首がなぜ長い」といったことには運動構造の力を見ようとしません。これはとても残念なことです。

項靭帯(こうじんたい)の存在

ウマの項靭帯と棘上靭帯

(上図 how the horse’s back functionsより)
Nuchal ligament 項靭帯(胸腰椎の棘状靭帯に相当)
Supraspinous ligament 棘上靭帯
Funicular part 紐状部分 lamellar part 層状部分
イヌの項靭帯のよい図が見つからなかったのでウマに登場してもらいました。ちなみにイヌの項靭帯は頸椎7番までです。


項靭帯は伸縮性に富む靭帯で、よく伸び、伸ばされれば収縮の反発力を発揮します。つまり頭を前に突っ込むという運動は、つづく棘上靭帯を伝って胸椎腰椎を前に引き出すという作用を生むのです。

項靭帯も元をただせば棘上靭帯であり、進化途上ではじめから伸縮性に富んでいたわけではないので、誰かがこうした運動を見つけ出し、みなが利用していくことで形質・形態進化を遂げたのでしょう。最初に始めた者、それはおそらく追われるものであリ、必死さから「頭だけでも前に逃がす」という動作が起こったのかもしれません。それは将棋でいえば「奇手」となりますが、生き残れる発明であったなら、グループ全体にひろがっていったことでしょう。

背骨の違い

頭を突っ込んでいく走法によって背骨(主に胸椎)は真っ直ぐに伸展されていきます。そして後肢の蹴り出しは、「棒に近い状態になった背骨」を前に投げ出すような具合となります。チーターの後肢の蹴り出しが背骨を波打たせるのと比較すると、運動構造の違いがまた見えてくると思います。(上記動画 0:15〜 チーターの走りと背骨の波)

靭帯活用という発見

哺乳類の始まりに、「多関節同時伸展」という強い瞬発力の発明がありましたが、この項靭帯を使う走りにおいて、「靭帯活用」という新しい「運動の質」を手に入れます。この運動の質は、項靭帯によって引かれる背骨の実感を変えていきました。背骨を固めて使うことで背骨を取り囲む靭帯の出力を使えることに気がついたのです。

こうしてチーターのような「弾力ある躍動する背骨」から、「硬い鋼鉄のバネのような背骨」になっていきます。イヌとネコの背中をなでるとわかりますが、イヌの背骨は硬いです。そして有蹄類の背骨はさらに硬いです。硬い背骨は、背骨を取り囲む靭帯の硬さに由来し、加重に対して強いバネで応答する性能を物語っております。

靭帯運動による持久力

チーターの走力は主に筋出力であり、これはエネルギーコストの高いものです。無酸素運動であり、一度に走れる距離は500mくらいで、長い距離は走れません。また仮りに心肺能力が間に合っても、体温上昇が限界に達することも付記しておきます。

靭帯運動はエネルギーコストがきわめて低い運動です。そして頭の重さを使って項靭帯を引くので、さらにローコストとなります。イヌはそれなりの速度で数キロは走れますし、ウマは数十キロ走れます。こうした持久力はネコ科の動物にはないものです。


次回は人間を取り上げます。

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