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ちゃりまつ

正しい表記がわからない。どのくらいスラングかと言えば、そのくらいスラングだ。

ちゃりまつ

という言葉をご存知だろうか?

わたしはこの言葉を思い出すたびに口元が緩んでしまう。

日本語のスラング(俗称)の中でもトラディショナル(伝統的)でコンプレックス(複合的)な、俗っぽい響きが好きだ。

名詞ではあるが人名ではない。「おそ松くん」にも「おそ松さん」にも出てこない。

わたし自身は口に出して発した記憶はあまりない。この身分の人とは関わり合いにならないように人生を送ってきた。

人によってはよく出会い、よく話し合い、運が良ければ手を振って別れるような関係を築くこともあるだろう。

そんな関係になる人は、彼を「ちゃりまつ」とは呼ばないか。

この言葉は、チャリンコ と マッポ の二つの言葉から成り立っている。素晴らしいことに、このどちらも日本語スラングだ。

チャリンコは自転車のスラングであり、略して「チャリ」という呼び方も一般化している。どうでもいいが、自転車は「乗る」が、チャリンコは「漕ぐ」と表現した方がしっくりくる。土着感が増す。

もうひとつの言葉、マッポ。警察官、巡査を指す言葉だというのは経験で知っていたが、なぜ「マッポ」が警察官なのかは調べないとわからなかった。

明治時代、警察官は薩摩藩士が多かったらしく「さつまっぽう」と侮蔑を孕んで呼んでいたものが「マッポ」と略されて今日まで残っているらしい。こちらも俗称の略称だ。

日本という国は、市井の人々が生活の中で新語を生み出し、その新語さえも略していく。さらに略した二つの言葉を今度はくっつけて「自転車に乗った警察官」という、さして必要性も感じない特殊な状態に「ちゃりまつ」と名付けた。日本人の造語能力の高さに感動で震えが走る。

想像するに、仲間内で悪さをしていたところに、監視役が遠くから自転車に乗った警察官を見つけ、最も早く仲間に危険を伝えるために、口を突いて出た言葉が「ちゃりまつが来たぞー!」だったのではないか。

初めてこの言葉を聞いた仲間は思わず笑ってしまわなかったのだろうか。わたしなら腹を抱えて笑ってしまう。

みなさんは最近この「ちゃりまつ」を見かけたことはおありだろうか。

先日、町を歩いていると、白い競輪用のヘルメットをかぶって自転車に乗っている人を見かけた。自転車競技のトレーニングというにはチンタラしている。

競輪メットと白いシャツに青のベスト。道交法の改正以後、自転車乗車時のヘルメット着用は大人でも努力義務となっているから、通勤中のサラリーマンかとも思ったが、すれ違いざま腰のあたりに長い棒が見えた。そして自転車の荷台には、白い箱が乗せられている。

スタイリッシュな出立ちの彼は、警察官だった。それに気づいた瞬間、わたしの頭に「ちゃりまつ」という言葉がよぎり、笑いを堪えるので必死になった。

「ちゃりまつ」の間抜けな語感と目の前のスタイリッシュ警官とのミスマッチに表情筋が踊り始めた。

警察官なら努力義務を怠らないのは無理からぬこと。今や全国の「ちゃりまつ」が白メットをかぶって自転車に乗っていることになる。

さすがにこの風貌の人たちを「ちゃりまつ」と呼ぶわけにもいくまい。そろそろ「自転車に乗った警察官」の新しい名称を普及させたいものだ。

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