見出し画像

石の花

的場まとばに据えられた元旦。
的場に掌をかざし、やがて腕を組む時間。
的場の背後に無数の弾丸の死骸を納めた赤土の土手。
弾痕は風に洗われ、もはやあらわな傷口を見せてはいない。
平和。
あざむきをあからさまにせず、ゆるゆるとわたる元旦の風。
平和。
(このことばは的場全体を包むこのもやの如きけむであるか。)

今。
的場の彼方から現れる人影。
俳優たち。異邦人たち。
歩み寄り、立ち止まり、向い合って話し合う、武装放棄 ────
その身振言語。
  ポケットから取り出される消音式ピストル。あるいは小型手榴弾。
  その他無意志の殺傷器具。犯罪機類。
  それらを海に沈むべく招かれた漁師たち。
  漁師、必らずしも善人を選ぶ要もあるまい。 
握手は漁師たちの手前しごくにこやかに交わされる。
義務の忠実な履行を誓う漁師たち。
  済まされる略式の会向。
  運び去られる悪。の手段。の部分。
ふたたび異邦人たちに交わされる固い握手。
盲人よりも敏感な触覚。
を打診する今ひとつの触覚。
さらにそれを値踏みする汚れた触覚。
  ほどかれる握手。終った儀式的抱擁。
待っていたように。
沛然はいぜんとふりそそぐそろばん色の氷雨。
ひとしきりけむる的場の風景。
その中を。
消えがてに別れ行く重い靴音。軽い靴音。

平和。

握手の折はずされた手袋のホック。
今、めいめいの手首で掛けられる手袋のホック。
手袋の中にくすぶる可燃性物質。
しかし。

平和。

靴音の強弱にまだ量り交わされている相手方の善意。行動の行方。

氷雨。

そのひとこまの演技の奥に。
取り残された、的場。
的場に据えられた元旦。
氷雨の中で異邦人の行方を見守っている、それの黒点。

氷雨は静かに黒点をぬらし。
観的壕の岸壁をぬらし。
岸壁に残る蘇苔類の眠りをさまし。

苔の眼は大きく黒点に向かって見ひらかれ。
見ひらかれたままのまなこに氷雨はなおもひえびえとまつわり。
ぬれた苔の眼にうつるぬれた黒点。
ぬれた黒点をつつむぬれた元旦。
ぬれた元旦をなだめるぬれた的場。
的場は氷雨の中に昏れ。
氷雨はくろぐろと眠りを眠り。
的場の闇がやがて海へと這い行く頃。

めざめるのは。フローラ。
おまえの未知の夫だ。  
             (エチュード1952年)

     詩誌『駱駝』14号(1952年2月)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?