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宇宙の果てから、悲しみの歌を。

青赤短編REMASTERD Vol.6


2012年10月6日
J1リーグ 第28節
カシマサッカースタジアム
鹿島アントラーズ 5-1 FC東京
https://www.fctokyo.co.jp/game/2012100603

短編小説/3192文字


宇宙の果ての果ての、そのまた果ての、ある辺境の惑星。
2つの青白い月の光に照らされた荒野の真ん中に、崩れかけた廃虚がありました。
銀色のドーム屋根は崩れ落ち、金属で出来た建物の半分は金色の砂に埋まっています。

その廃虚は、かつては数人の研究者が暮らす観測施設でした。
彼らは遥か昔に母星へと引き上げ、この惑星はずいぶんと長い間無人なのでした。

誰もいないはずの惑星でしたが、不思議なことに、風向きによって、時折歌が流れて来ます。
力強い男性の声のような、優しい女性の声のような、それでいて、まるで天使みたいな子供の声にも聞こえる、とても不思議な声でした。
その声は、廃虚の真ん中の、かつては大広間があったあたりから聞こえて来ます。

すっかり天井の抜けた大広間には、壁だけがそそり立ち、月の光を一身に受け、青白く光っています。
その壁に寄り掛かるように、一体のロボットが立っていました。
歌っているのは、そのロボットだったのです。

銀色の金属の体に、ランプの目が黄色く光っています。
口元はスピーカーになっていて、不思議と愛嬌のある顔立ちをしていました。
頭のてっぺんにはアンテナが取り付けてあり、それが頭上の星空を指しています。
下半身はすっかり壊れて動くことはもう出来ませんでしたが、光をエネルギーにする永久バッテリーのおかげで、他の部分はまだ生きています。

そのロボットの仕事は、辺境の星に派遣された研究者が寂しくないように、歌を歌うことでした。

ただ、歌うだけではありません。
誰かの悲しみや寂しさをセンサーで感じとり、その人物を慰めるのに一番効果的な歌を探り、その歌をもっとも心を癒す周波数で歌うのです。

毎日毎日、研究者たちのために、ロボットは歌い続けました。
民族的な歌から童謡、流行歌、その人の記憶の中にある、ありとあらゆる歌を。

もちろんそれを大変なことだ、とか、特別なことだとは思いません。
それこそがロボットの機能であり、存在理由だったからです。

研究者たちが去ってからしばらくのあいだ、ロボットには特になんの変化もありませんでした。
誰もいなくなった研究施設を歩き回りながら毎日を過ごしていました。
何年だか、何十年だか、何百年だかの時間が流れたころ、ロボットは気づきました。
この惑星に、音がないことに。
そして自分が、ずいぶん長い間歌を歌っていないことに。

ある日、ふと、ロボットは久しぶり歌ってみようかと思いました。
昔、研究者たちと一緒に毎日歌っていたころのように。

しかし、それは出来ませんでした。
いざ、歌おうとしても、口元のスピーカーからはなんのメロディも出てこないのです。
故障しているわけではありません。
ロボットは、歌をなにひとつ知らなかったのです。
ロボットの機能は誰かの悲しみを感じとり、そこから歌を抽出し、歌うことです。
誰かの悲しみがなければ、歌うことができないのでした。
ロボットは、急に、なにか部品が欠けたような気持ちになりました。

ロボットは考えます。
いったい、悲しみとはなんだろう?
目には見えないけれど、確実にそこにあるのはわかっています。
自分のセンサーに感じ取れるのですから。

でも、それがなんなのかはわかりません。
なぜ、自分が歌うことでそれがやわらぐのかも。
ロボットは施設の中を動きまわることを止め、大広間の壁際に立ち、考え続けました。
何年だか、何十年だか何百年だかの時間が過ぎていきます。
研究所は段々と崩れ、廃虚となっていきました。
動くことのなくなった足も壊れ、朽ちていきます。

考えて、考えて、ロボットはついに気づきました。
そうだ。悲しみとは、これだ、と。
ロボット自身が感じてきたなにかが欠けたような気持ちこそが、悲しみであり、寂しさだということに。
ロボットは、ロボット自身の悲しみを歌に変えてみようとしてみます。
けれど、やっぱりダメでした。
誰かに尽くすために作られたロボットには、自分の悲しみを感知するセンサーはついていないのです。
それを知ったロボットは、なにかが欠けたような気持ちが一層強くなったのを感じました。
これから先もずっとこの気持ちを抱えたまま、ここに一人きりで立っているぐらいなら、いっそ壊れてしまいたい、と思いました。
誰かのために歌っていたことが、本当に素敵なことだったのだと気づきました。
もう一度、誰かのために歌いたい、そう強く願ったのです。
それでも、ロボットの目の前にあるのは、朽ち果てて半分砂に埋まった大広間の残骸と、その向こうにある無限の荒野だけでした。
頭の上にある星ぼしの中のいくつかにはたくさんの人々が暮らしているはずなのに。
そこまで考えたところで、ロボットはあることに気づいたのです。
センサーの感度を上げてみたらどうだろう、と。

ロボットは自らのプログラムを書き換え、感度を一気に宇宙全体まで届くように広げます。
するとどうでしょう。
最大感度に広げた瞬間、ロボットのセンサーはほとんどパンク状態になってしまいました。
宇宙がこんなにも悲しみに満ち溢れていたなんて!

宇宙全体の悲しみが、ロボットに押し寄せてきます。
大きいのや小さいの、深いのや浅いの。
ありとあらゆる種類の悲しみが次々とセンサーに伝わってくるのです。
それと同時に、ありとあらゆる種類のメロディが次々と口をついて溢れ出します。
その中には、あの研究者たちのために歌った懐かしい歌もありました。
優しいメロディは大広間を全体に響き、惑星の大地に広がっていきます。

ロボットは思いました。
この膨大な悲しみに比べたら、自分の悲しみなどたいしたことはないな、と。
次から次へと優しい歌を歌いながら、ロボットは決意したのです。
自分はこのまま、ここで永遠に歌い続けようと。

この歌が誰かに届くことはないけど、それでも、ないよりましじゃないか、と。

それに、なにかが欠けたような気持ちはもうありませんでした。
正直なところ、それどころではないのです。
なにしろ、全宇宙の悲しみを慰める歌を歌わなければならないのですから!

あなたがもし、悲しくて夜空を見上げた時、思い出してください。
宇宙の果ての果ての、そのまた果てのある辺境の惑星、2つの青白い月の光に照らされた廃虚でロボットが一人、あなたのために歌っている、ということを。

ほら、また、宇宙のどこかの大きな悲しみを、ロボットのセンサーが感じとったようです。
口元のスピーカーからメロディが流れ出しました。
男性とも、女性ともつかない、不思議な優しい歌声が、惑星の夜空に響いていきます。
その歌は、こんな出だしでした。

♪ When you walk through a storm
  Hold your head up high
  And don't be afraid of the dark…


<この物語はフィクションです。>


このお話を書いたきっかけになったカシマでのアウェイゲームは、まさに文字通りの完敗でした。ドゥトラにハットトリックをくらうなど、散々な内容に、ACL圏内を狙える位置で意気揚々と乗り込んだアウェイ席は悲しみに包まれました。この時は、あまりにショッキングな内容の敗戦に傷つき、これが癒えることなどあるんだろうか?などと思っていました。このおはなしは、そんな自分たちを慰めるために、書いたのだと思います。
絶望に支配されそうになっても、宇宙のどこかで、誰かがユルネバを歌ってくれている、と思えば、少しはマシなんじゃないか、と。

2021年には、0-8という試合もありました。
その時も、砂漠の惑星では、きっとこの歌が流れていたに違いありません。

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